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のぼみ~日記2019

2019/11/20

秩父の観音院へ仁王像を見に行く(5)

さて、ビビりまくる助手さんを説得して観音院への石段を登る。
熊さんが出てくると困るので、杖で石段をコンコンと鳴らしながら登った。
石段は296段あるそうだが、日光の天空廻廊とかに比べたらなんてことはない。うちの近所の岩崎観音奥の院への上りのほうがきついかもしれない。
途中、巨大な落石があったりするが、熊さんさえ出なければ問題なし。

観音院に続く石段。296段あるらしい。

途中、石仏が点在。



参道を直撃している巨大な落石。こんなのにぶつかったら一発で成仏。



観音院に到着。本堂(観音堂)はえぐれた岩の下に建つ。

左手に宝篋印塔。嘉永4(1851)年。当町の森玄黄斎が奉納。



案内図。西側ルートは崩落のおそれがあり、かなり前から立ち入り禁止。

岸壁の中程に建立された不動明王像。これも吉弥の作。
貴乃花に似てる?



崖の上から細く水が落ちていて、聖浄の滝と名づけられている。



滝壺(池?)の隣には、磨崖仏が彫られた剥き出しの岩が。

近づかないと見落としてしまうような小さなもの。弘法大師が指で彫ったという言い伝えがあるとか。空海って時空の壁を超えて日本中どこにでも現れるんだな。




大きさはこのくらい。掌大というか……。これがずら~っと並んでいる。





左手の岸壁祠にはいろいろあるのだが、遠目ではギョッとするような仏頭も、ズームしてみるとなかなか美男に彫られている。




その先、西側へのルートは落石や崩壊のために立ち入り禁止。かつては入れたそうだが、結構命がけか?

小説・神の鑿 ─高遠石工・小松利平の生涯─

「神の鑿」石工三代記の祖・小松利平の生涯を小説化。江戸末期~明治にかけての激動期を、石工や百姓たち「庶民」はどう生き抜いたのか? 守屋貞治、渋谷藤兵衛、藤森吉弥ら、実在の高遠石工や、修那羅大天武こと望月留次郎、白河藩最後の藩主で江戸老中だった阿部正外らも登場。いわゆる「司馬史観」「明治礼賛」に対する「庶民の目から見た反論」としての試みも。

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