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のぼみ~日記2019

2019/09/07

もし日本が先に原爆を作っていたら


1945年5月。福島県石川町の採掘場で、理化学研究所の原爆開発用ウラン鉱採掘に動員された石川中学校生徒60人を含む集合写真(Wikiより


石川町の近現代史

小説『神の鑿』は、当初、小松利平編を上巻、寅吉・和平編を下巻として2部構成で書くつもりだった。しかし、下巻はまったく手がついていない。
理由の一つは、明治以降ともなると、寅吉、和平だけでなく、登場人物の生涯がかなり分かってきているし、子孫もお孫さんくらいの世代がまだ存命なので、下手なことはかけないな、という気持ちから。
特に寅吉の性格や寅吉、和平、亀之助の間の葛藤などは結構リアルに想像ができるので、人間模様を描くことで、実際の人物像とずれたことを書いてしまうことが怖い。
もう一つは、明治から昭和にかけての物語となると、日本が激動した時代で、めまぐるしく変わる世相や時代の空気感などが、まだまだ自分では把握できていないからだ。

和平が生まれ育った福島県石川町は、明治期に自由民権運動が燃え上がった土地だ。石川の区長に就任した河野広中がは、明治8(1875)年に自由民権運動を進めるために石陽社を結成。石都都古和気神社の宮司・吉田光一もそれに参加し、石川町での運動のリーダー的存在として活動している。
利平が高遠から逃れるように福島に棲みついた際、世話になっていたと思われる大庄屋・松浦家の9代孝右衛門やその息子の勇弥(松浦家10代)も石陽社に参加していた(河野広中と松浦勇弥の間でかわされた書簡なども残っている)。
河野は福島事件(福島県令・三島通庸の圧政に対して抗議した福島県の自由党員・農民を弾圧した事件)で逮捕されているが、そのとき、私の曾祖父にあたる鐸木三郎兵衛も逮捕・監禁されている(後に無罪となって釈放されたが、これを機に三郎兵衛は中央の政治へ関わることを一切拒否するようになったという)。
河野はその後、衆議院議長となり、日露戦争後のポーツマス条約を不服として日比谷焼打事件を扇動したともされている。

小林和平が石都都古和気神社に最初の狛犬を建立した背景には、石陽社人脈とでも呼べるようなつながりがあったのかもしれないと想像するのだが、確証はない。
江戸時代の話なら、想像で書いても「これはフィクションです」で許されるだろうが、明治以降だと、小説とはいえ実名で登場させることに躊躇いがある。かといって、名前を変えて登場させたら、面白さが半減するし、興味を持つ人も激減するだろう。
そんなわけで、小説版『神の鑿』は利平編だけでもいいのかな……と思ってしまうのだ。

石川町と日本の原爆開発

石川町はまた、日本における原爆開発研究ともつながりを持っている。

アメリカで原爆開発(マンハッタン計画)に本格着手したのは1942年10月だが、それに遅れること数か月、日本でも陸軍の要請により理化学研究所仁科芳雄博士をリーダーとする「ニ号研究」、海軍の要請で京都帝国大学の荒勝文策教授をリーダーとする「F号研究」と呼ばれる原爆開発研究がほぼ同時にスタートした。
その原料となるウラン235を入手する場所として選ばれたのが石川町で、1945年4月から終戦までの5か月間、旧制私立石川中学校(現在の学法石川)の生徒が勤労動員として採掘作業にあたった。炎天下、わら草履に素手で作業させるなど、ひどい状況だった。しかし、採掘できた鉱石はごくわずかで、ウラン含有率も少なく、使いものにならなかった。

軍部の思惑とは裏腹に、研究者たちはハナから日本で原爆が製造できるとは思ってはいなかったらしい。しかし、仁科や荒勝らには、若い研究者たちを学徒動員で戦場に送り出すのを防ぐと同時に、軍からの潤沢な予算を得ることで、原子核の基礎研究を進めたいという思いがあったと、「日本の原爆 その開発と挫折の道程」の著者・保阪正康氏は分析している。
ニ号研究のほうは、昭和20(1945)年5月下旬に、仁科自身が陸軍に「ウラン鉱石すら入手できないようなこの状況ではもう無理である」と告げて、そのまま消えてしまった。
海軍では海軍技術研究所科学研究部長の黒田麗(あきら)少将を部長に、(略)F号研究を受け持った。昭和20(1945)年7月21日、琵琶湖のホテルで話し合いの場が持たれている。(略)
黒田は「できれば原子爆弾を作ってほしい」との発言を行った。(略)
「理論的にはまったく可能だが、現状の日本の国力などから考えても無理だといってかまわないと思う」と、荒勝グループの研究者たちは声を揃えた。正式に中止の決定をしましょう、というのが荒勝らの一致した提案だったのである。
「日本の原爆 その開発と挫折の道程」 保阪正康・著 新潮社2012年刊 P170より)

そして、その2週間後には、広島に原爆が投下された。
アメリカのハリー・トルーマン大統領が、広島に投下されたのは原子爆弾であると発表したのは、ワシントン時間で8月6日午前11時(日本時間7日午前1時)であった。(略)長文のこの声明は、アメリカがこの原子爆弾の開発製造のために、いかに国力の総てをつぎ込んできたかを詳細に述べた。(略)
連合国各国がこの“偉業”を賞えていると、アメリカのラジオ放送は伝えた。(略)トルーマン大統領の声明が各国から賞えられるなかで、人類にとって原子爆弾の投下は汚点である、との意見はローマ法王庁ほか、わずかの機関からしか発表されなかった。(略)
当時の日本国民はラジオでアメリカの短波放送を聞いたりすればすぐに逮捕されてしまう時代だから、こういう連合国や国際社会の動きなどはまったく知るよしもなかった。
むしろ内閣情報局での会議、つまりこのニュースをいかに国民に伝えるかの会議では、陸海軍からの出向組は、「トルーマン声明は策略かもしれないではないか」とか、「原子爆弾だと伝えると、国民に衝撃を与え、戦争指導上問題がある」といった強硬意見が出された。
同「日本の原爆」より)


「もしも日本がアメリカより先に原爆を完成させていたら?」という「IF」は、ときどき語られる。
戦時下の昭和19(1944)年には、朝日新聞が「ウラニウム爆弾」について記事で紹介し、「新青年」という読み物雑誌には『桑港(サンフランシスコ)けし飛ぶ』と題した小説も掲載された。ウラン235を入手した日本では原子力の実用化に成功し、原子力飛行機で軽々と太平洋を横断し、敵国アメリカのサンフランシスコ上空8000メートルから原爆を投下する、という内容の小説だという。
こうした記事や小説がきっかけで、「マッチ箱1つの大きさで大都市が吹っ飛ぶ爆弾」が発明され、日本は戦争に勝つという噂が日本国中に広まった。
しかし、当時の状況からして、日本がアメリカより先に原爆を完成させていた可能性はない。
「ニ号研究」では、
容器の中に濃縮したウランを入れ、さらにその中に水を入れることで臨界させるというもので、いわば暴走した軽水炉のようなものであった。(略)
しかし、同様の経緯である1999年9月の東海村JCO臨界事故により、殺傷力のある放射線が放出されることは明らかとなっている。 (Wikiより)

……つまり、完成させられないまでも、そのまま研究が進み、原材料が調達できていたら、実験段階で日本国内で悲惨な事故が起きていた可能性が高い。そして、当然、それは隠されただろう。
なにしろ、1944年(昭和19年)12月7日に起きた東南海地震(M7.9。死者・行方不明者1223名)も報道規制され、隠されたくらいだから。

「ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ」と並べてはいけない

こうした歴史に学ばず、2011年3月の原発爆発では、福島県は国に先がけて深刻な放射能漏れを知ったにもかかわらず、それを隠した

歴史は繰り返すというが、こんな歴史を繰り返していいはずがない。

保阪正康氏は著書『日本の原爆』の最後で、非常に重要な指摘・主張をいくつもしている。
原子力や核開発に対しての考え方の違いを超えて、多くの人たちが見落としがちな視点・視座だと思うので、いくつかをほぼそのままの内容で紹介しておきたい。


原発爆発後の日本を見ていると、責任者が責任をとらないどころか、開き直って嘘の上塗りをし、それを国政が後押しする。システムの反省や改善どころか、さらなる欠陥や非合理、不正義を押し進める……。

原爆を投下された直後の日本よりも、今の日本のほうが、人々の理性・判断力・倫理観が劣化しているように思えてならない。

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