2011/05/29 

ドッチー


本日は日曜日。午後一でマサイさんとまもさんの獏コンビが拙宅へ。
今日は、放射能汚染調査のために「環境理工学博士」の博士号を持つドクターTが拙宅を訪れるというので、いい機会だからぜひ会って話を聞きたいと、マサイさん、まもさんも来たという次第。
ドクターT、お土産まで持参で恐縮でした。最近は大学ブランドのお菓子というものが売られているそうで、へええ。
神戸モロゾフのチョコレートとクッキーに「大阪市立大学」と入っている。(ちなみにドクターTは大阪市立大学とは無関係の人)。
台所にいた助手さんの横に「これはお茶菓子の足しにでも……」とちょろちょろっと置いたそうなのだが、早口で語尾が曖昧になることが多い人だったので、なぜ大阪市立大学のロゴ入りなのかはよく分からなかった。
「M先生のところのお菓子」とか言っていたようなのだが、ドクターがM先生の勤めている大阪市立大学で買ったという意味だったのか、それとも、もしかしてM先生に託されたということだったのか……? どうなんでしょう>M先生。

いずれにせよ、おいしゅうございました。ありがとうございます。

夕方、再びイタちゃん登場。テンじゃないのかと言ってきた人もいるのだが、やっぱりイタチだと思う。顔が真っ黒だし。
……と書いたが、やっぱりテン?
YouTubeで「テン」と検索しても、出てくるのはテレサ・テンばかりだ。
⇒ここを見るとテンだよなあ。
これ、逆じゃないんだよね??
どっちだか分からないから、名前は「ドッチー」とでもしておこうか。

大阪市立大学ブランド?のお菓子

命名ドッチー。今回は動画も撮りましたので同定よろしくです↓


2011/05/31

大宮へ

本の執筆打ち合わせのため、編集者に会いに大宮へ。うちに来るという話もあったのだけれど、それだとまるまる1日仕事以上になるので、今回は大宮まで出てきてもらった。
神俣から磐越東線で郡山へ、そこから新幹線で大宮へ、といういつものルート。15時の待ち合わせ。12時57分神俣駅の電車に乗ると、郡山で5分の乗り換えで新幹線に乗れる。震災前はこの列車なかった。ダイヤが変わったのだろう。
途中、震災発生時から放り出されたままの工事現場を通る。奥入瀬渓流に負けないくらいきれいだった沢は跡形もなく、両側の雑木林を大きく削られ、沢は広げられてコンクリートの壁で囲われてしまった。ここまで壊されたら、最後まで仕上げてくれないと困るのだが、震災後は完全に放棄されてしまい、ボコボコになった道を通る。
ここを通るたびに心が暗くなる。

神俣駅のホームから万太郎山を見る。霧の中にうっすら浮かんだ、完全に止まったままのウィンドタービンが不気味


神俣駅ホームは0.21μSv/h。問題ないレベル
無論、年間1ミリシーベルトは超えるのだけど


ホームの植え込みのところではわずかに上昇。それでも0.28μSv/h


ホームからの光景。レールが曲がって見えるのはパノラマ撮影のせいで、実際にはまっすぐ

実は、3月15日の放射能大汚染開始後、郡山方面に行くのは初めてのことだ。我が家にはいつも小野町経由で入っているので、東北道は通らない。
福島市や郡山市、伊達市といった市街地の放射線量が、川内村など、30km圏内の一部地域よりずっと高いということはすでに文科省のデータなどで分かっていることなのだが、あれを見るたびに、本当なのかという気持ちがあった。今日は郡山で下車する時間はないが、通過はするのである程度確認できるかもしれない。
神俣駅の線量は全然大したことがない。川内村の中心部程度だろうか。
しかし、電車に乗って郡山方面に向かうにつれ、線量計の数値は少しずつ上がっていった。

車内に移ると線量が0.1くらい下がった


大越あたりでもまだこんなもの


北上するにつれて線量が上がる。このへんは外はもっと高い線量のはずだが、普通に田植えをしている


三春駅あたりに来ると、このくらいまで上がった。外はもう少し高いはず


そのままパソコンに向かって原稿校正をしていたのだが、線量計が突然ピピピっという警報音を出した。そろそろ郡山駅に着く頃だ。線量計を取りだしてみると、お、急に上がっている。
警報音の閾値は0.7μSv/hに設定してあるので、0.7μSv/hを超えたということだ。(表示される数値はその前の線量との平均値なので、急に上がったときは瞬間最大値ではなく、低めに出る)
しかしまあ、郡山市内の線量は、一時期よりだいぶ下がったとはいえ、今でも1.3XμSv/hくらいをずっと維持しているので、0.7μSv/hを超えて警報音が鳴るのはあたりまえといえばあたりまえだ。
列車内でこうなのだから、町の中に出て測ればもっと上がることは明白だろう。
乗り換え時間がないので、そのままそそくさと新幹線に。
新幹線に乗ったら、ぐぐっと線量が下がった。車輌は外気と遮断されているし、新幹線は高架を走っているので地上に積もったセシウムからも距離があるからだろう。

新幹線車内。トンネルに入るとさらに下がってこんな数値


白河あたりでまた少し高くなる。外はこの倍くらいはあるのだろうが、ここも田植えは済んでいた


那須を過ぎて大宮に近づくと、また線量が下がってくる



川内村⇒滝根⇒磐越東線で三春・船引・郡山と北上⇒東北新幹線で白河・那須・宇都宮・大宮……と南下。
このルートを通ってざっと線量の変化を見ただけだが、要するに放射性物質の降下量は、発表されている通りだと分かる。

大雑把に描けばこんな感じで移動していた

この移動中、警報音が鳴ったのは2地点。一つは小白井で山を越えていくところ。もうひとつが郡山駅に近づいたところ。上の図を見ると、確かにその2地点で、濃い青(セシウム134/137の積算量が30万ベクレル/m2以下)から薄い青(同30万~60万ベクレル/m2)の部分を通過していることが分かる。
この薄い青の部分では普通に1μSv/h前後の線量がある。
このことは文科省が発表しているデータでも示されている。
この日(5月31日)の文科省発表の線量データ福島県が発表しているデータにある地点を、今回の移動ルートに近い場所だけ拾っていくと、

川内村上川内早渡 0.4μSv/h
いわき市小川町上小川 1.3μSv/h
田村市常葉町常葉内町 0.3μSv/h
田村市船引町南移水中内 0.6μSv/h
郡山市役所 1.1μSv/h
西郷村役場 0.6μSv/h

……となっている。
まったくこの数値通りに変化していったことがよく分かる。
白河や那須もそこそこ高いということが発表データや友人たちからの話でも分かっていたが、それも今回確認できた。

放射能汚染の濃淡は、2号機の爆発(格納容器下部のサプレッションチェンバーに穴が空いて、炉心の高濃度放射性物質が相当量大気中に放出された)の直後にほぼ決まって、今に至るまで汚染の分布図に大きな変化はないようだ。
このまま推移するなら、この正確に見えてきた汚染マップに沿った対策をしなければいけないことははっきりしている。
政府や県にとって「不都合な真実」は、郡山市、福島市といった都市部の汚染が深刻なことと、警戒区域に指定して立ち入りを完全に遮断した20km圏内にも、郡山市、福島市など都市部より汚染が薄い「安全地帯」がまだらに存在していることだろう。


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