北海道猿払のSさんに続き、僕にとって大恩人である穴吹史士(ふみお)さんが亡くなった。
今日、一緒にAIC(Asahi Internet Caster)のコラムを書いていた野々村さんからメールが入っていて知った。
癌が再発して入退院を繰り返していたことは知っていたので、ずっと心配していたのだが、やはり……。
穴吹さんは「一度、タヌパック阿武隈に行きたいな。よろしくね」と言い続けていた。「いつでもどうぞ。でも、暖かい時期じゃないと厳しいですね」と答えていたのだが、ついに実現しないままになってしまった。
僕には恩人と呼べる人が何人かいる。
「小説すばる新人賞」をとるきっかけを作ってくださり、その後、売れずに苦しんでいるときも「ぼくだけはいつでもたくきさんの作品をまっ先に読みますよ」と言ってくださっていた「すばる」の編集者・片柳治さん。
新人賞受賞を誰よりも喜んでくださり、「作家としての志を忘れるな」と激励してくださった、中学・高校時代の国語教師・井津佳士(よしひと)先生。
『草の根通信』の連載コラムを通じて、「作家の志」とは何かを教えてくださった松下竜一さん。
「売れないけど才能ある作家です」と、ことあるごとにいろいろな人に紹介してくださる一方で、僕には「やはり売れなければダメですよ」と苦笑しながらおっしゃっていた
永井明さん。
そして、その永井さんが紹介してくださり、後に、経済的に苦しんでいる僕がなんとか食いつないでいけるきっかけを作ってくださった朝日新聞社の編集者・穴吹史士さん。
ここにあげた恩人たちは、みんな50代、あるいは60代そこそこという若さで病に倒れ、亡くなってしまった。
なぜなんだろう。
こうも見事に続くと、考え込んでしまう。
穴吹さんがやっていたAICは、朝日新聞社の梁山泊とも言える「場」だった。
AICに書かせていただいた5年あまりは、しんどかったが、とてもよい修業になった。ネットの怖さも教えられた。
巨大メディアの中で、どうすれば志を貫けるのかを身を持って示してきた穴吹さん。メディアが危機的状況のこの時期に去ってしまわれたのは、あまりにも暗示的で、辛い。この空虚感はとてつもない。