今回『鉛筆代わりのパソコン術』(サイビズ=もうすぐ発売です!)という本を書いていて、日本語とパソコンについていろいろ勉強しました。
何かを制定したり、新しいものを作ったりするとき、関わっていたたった一人の人間のセンスや誠実さが、歴史を変えてしまうこともあるという事例にもいくつか遭遇しました。
例えばキーボードから日本語を入力するという環境が、今日これほどやりにくく、貧弱なのはどういうわけなのか。調べてみると、何人かの「犯人」がいます。
富士通は親指シフトキーボードという偉大な発明をしましたが、パソコンに搭載するとき、自社製の日本語入力システム以外は使えないような仕様にしてしまいました。おかげで親指シフト入力の人は、ATOKなどの優れた日本語入力システムの恩恵にあずかれなくなりました。せこい囲い込み主義としか言いようがありません。
一時、巨大な寡占率を誇ったNECのPC98シリーズは、日本語入力用キーボードの設計がいい加減でした。仮名漢字変換のための「変換」キーが、非常に押しにくい位置にあったため、ワープロソフト一太郎などはこの「変換」キーを変換には使わず、スペースバーを変換キーに使うようにソフトを設計しました。そのため、ワープロソフトの操作性は今でも各社バラバラで、IBM日本語キーボード(現在主流のAT互換機に付属するもの)の設計にまで悪影響を及ぼした感があります。
しかし、何よりも考え込まされてしまったのは、「文字コードの問題」です。この話を暫く続けようと思います。
ワープロやパソコンで日本語を入力できるのは、仮名文字や漢字にコードが割り当てられ、その約束事に沿って動く機械とプログラムがあるからです。ワープロもパソコンも実体は「計算機」ですから、数値しか認識しません。文字を扱うためにはその文字に数値(コード)を割り振ることが必要です。
一九七八年に、JIS規格で日本語の文字コードが決まりました。
仮名文字や記号類、及び使用頻度の高い漢字二九六五文字を第一水準として、次に使用頻度の高くない漢字を三三八四文字選んで第二水準漢字として制定しました。
「鐸」という文字をめぐるミステリーはこのときから始まります。
当時、日本語ワープロというものが登場し始めたものの、機能的には単漢字変換などという原始的な方式で、扱える文字もJIS第一水準がやっとでした。パソコンに至っては漢字を扱える環境にはほど遠く、その後、一世を風靡したNECのPC98シリーズが出たのは五年後の八三年。漢字は第一水準だけのROMでさえ別売で、四万円もしました。
僕が最初に買ったワープロは、カシオワードの単漢字変換の機種でしたが、これには第一水準漢字しか搭載されておらず、「贅沢」の「贅」の字を図形処理で作字したものです。
ところが、「鐸」という字は第一水準に入っているのです。「銅鐸」「木鐸」くらいにしか使わないこの文字がなぜ第一水準に入れられたのか、ずっと不思議に思っていました。
「鐸」だけではありません。例えば「璽」という文字。読めますか? この物凄い漢字も第一水準に入っています。贅沢の「贅」が第一水準入りするのは贅沢だとされ、「璽」や「鐸」はどうぞどうぞと入れてもらえる。ちょっとしたミステリーでしょう?
で、当初はこう想像していました。
JISコードを決める委員の中に、漢字文化衰退を嘆く人がいて、無理を承知で「鐸」を入れたのではないか。なぜなら当時、朝日新聞などでは「銅鐸」を「銅鈬」と表記していたからです。このままでは「驛」→「駅」のように、「鐸」までもが略字体で定着してしまう。それはまずい。ここで「鐸」を第一水準、「鈬」を第二水準としておけば、漢字の略字体化に歯止めがかけられるのではないか――きっとそういう思惑があったに違いない……。
勝手にそんな風に想像していたのですが、今回、いろいろと調べてみて、この想像がまったく違っていたことが分かりました。