2025/09/17
「南京虐殺」を学ぶ

『真・日本史』シリーズ第五巻は南京戦のところに来ているのだが、すでにひと月以上、かかりっきりなのに、まだ書き終わらない。
まず、日中戦争の資料が膨大で読み切れない。
例えば、
『南京戦閉ざされた記憶を尋ねて 元兵士102人の証言』は376ページのハードカバーで4200円+税という大著。小学校教諭ら市井の人たちが集まったチームが、口を閉ざす兵士たちを一人一人訪ね歩いて証言を集めた苦労がすごい。中国でも同じように市井の人が生き残りの被害者たちを訪ね歩いて証言を集めた記録がある。戦後世代の民間人が、当時渦中にいた人たちが生きているうちにと集めた証言集。
『図説 日中戦争』は、日中戦争の始まりから終わりまでの詳細なデータを時系列で並べている。細かすぎて目眩がするけれど、これも他のデータや記述の細部を照合し、検証していくのに役立つ。
同じ事柄でも、本や記事によって違う側面からバラバラに書かれているので、全体像を把握するのにものすごく時間がかかる。年月日なども微妙に違っていることが多くて、さらに複数の資料を探しだして、どれが正しいのか判断したり……。
作業の繁雑さもさることながら、内容があまりにも凄惨で、気が滅入り、疲れてしまう。目を背けたくなる人が多いのは分かるけれど、「なかった」とか「でっちあげだ」などと、自分が勝手に思い描くファンタジーを主張し、学ばない人たちを煽動する連中には辟易する。それこそ戦争で殺された人たちへの冒瀆だし、地道な証言集めをしている人たちの苦労に対してもあまりにも失礼すぎる。
例えば、『南京戦閉ざされた記憶を尋ねて~』の中の、
中隊長の天野郷三中尉は、野田連隊長より成績が上で、陸軍大学を主席で出た人やったらしいで。そのため、中尉であっても野田大佐の言うことを聞かんのや。宮さんの警護というこんな時でも女の子を抱いて寝ていたんやから。ここにいる時、天野はわしら兵隊に「強盗、強姦、放火、殺人、何でもやれ」と言ったんやで。(第16師団歩兵第33連隊2大隊 H氏 -1913年9月生まれ- の証言より。2000年11月、2001年11月取材)
という部分に対して、天野中尉は陸大を出ていないのでまったくのでたらめだ。こんな証言を載せているこの本は信用できない。などとムキになって反論している人がいる。
天野が陸大を出ていないというのはおそらくその通りなんだろう。しかし、こういう噂が兵隊たちの中に広まっていたということが重要なのだ。
これに関してChatGPTにも確認してみたが、やはり陸大卒業という一次資料は見つからなかった。
ChatGPTはこうも結論づけた。
史料を使うときって「事実そのもの」と「当時の人がどう認識していたか」の両方が入り混じっているので、いちいち白黒をつけるより、噂や誇張がなぜ生まれたのかを読むほうが背景が見えてきます。
南京戦の兵士証言なども、
“何が実際にあったのか”
“兵士がどう感じ、どう語り継いだのか”
の二層に分けて見ていくと、史料批判もしやすいし、逆に証言の厚みも増すんですよね。
私が常々思っていることとまったく同じことを言ってきたので驚いた。
さらに驚いたのは、天野が弁護士資格を持っていて、戦後も弁護士として活動したという話が本当かどうかを、複数の資料で確認(JACAR の目録から軍法会議の公訴記録・判決文・叙位取消関連文書を取得して原文を確認。孫江(Sun, Jiang)論考(『中国―社会と文化―』第35号、2020年)を入手して精読。主要新聞データベース(当時の日本紙・米英紙)を当たって、1938年1月?1938年中のアリソン事件・天野に関する報道を収集。戦後の都道府県弁護士会の過去名簿を照会して「天野 郷三」の登録の有無を確認など)してみる、と言ってきたこと。
いや、無料サービスでそこまでしてくれるの……とぶったまげた。ChatGPT5の進化ぶりはすごいな。
ちなみに、『南京戦 閉ざされた記憶を尋ねて』の中にはこんなのがあって、気になって最初に読んでしまった。
難民区にも行きました。そこには中国人がたくさんいた。*徴発に出かけて日本へ送るための城内に目星をつけておいた「狛犬」を盗って梱包したことがあります。なにか偉い人におくるためでした。
*徴発:無理矢理金品を取り立てたり、強制的に人をかり出すこと。主に軍隊が食糧や軍需物資を確保するために行う
中国に「狛犬」はないので、これは中国獅子のことだろう。
日清戦争でも中国獅子を戦利品として日本に送って天皇に献上したという記録がある。そのうちの一対は靖国神社にある。一体だけ持ち込まれた別の獅子は山縣有朋記念館の庭にある。そのことは『新・狛犬学』などにも詳しく書いた。
こういう話が証言の中に混じっていることが、証言の信憑性を増している。
南京のことになると急に口をつぐんだり「私は見ていないが……」「わしはやらなかったが……」などと言葉を濁す人が多いという。突然歯切れが悪くなる証言や、「虐殺なんてなかった」と主張する人の言葉もそのまま収録されている。
証言集は、元兵士たちの言葉を「そのまま」収録していることに価値がある。その中に事実誤認や間違った噂話などが混じっているのは当然のことだ。
複数の証言に天野中尉の名前が出てくることは、
- 天野中尉が現場で強い権限・影響力を持っていたこと
- 部下の間で「あの人は特別だ/偉い人だ」と思われていたこと
- その人物の行動(特に悪評)が兵士たちの間で強く記憶され、後年まで語り草になっていたこと
を示す間接証拠になる。

「陸軍歩兵中尉天野郷三叙位取消ノ件」(叙位裁可書・昭和十三年・叙位巻二十九に含まれる文書)の1枚目。「戦地における犯罪関係により」叙位を取り消すとある(国立公文書館デジタルアーカイブより)。

『南京戦・閉ざされた記憶を尋ねて』(松岡環・編著、社会評論社2002年刊)の目次より↑↓




揚子江に捨てられた多数の死体。「私の従軍中国戦線 村瀬守保写真集」より。村瀬守保氏は昭和12(1937)年7月に召集され、2年半にわたる中国大陸転戦を2台のカメラで約3000枚の写真に記録した。
……そんなわけで、南京戦前後のことをまとめるのはすごく時間がかかっている。
「南京虐殺」はとにかく議論の的となるので、公平・公正に書いてほしいと言われるのだが、公平・公正というのはなかなか難しい概念で(それこそ「あんぱん」でいう「逆転しない正義」みたいなもの?)、なかなか大変だ。ただ、俯瞰する、複眼で見る、ということを心がけるようにしている。
『南京戦閉ざされた記憶を尋ねて 元兵士102人の証言』は、ちょっと躊躇ったのだが、古書が安く売られていたので購入した。
買ってよかった。想像していたより遙かにプレーンな内容で、取材した元兵士たちの言葉が方言や軍隊用語もそのまま収録されている。おそらくすべて録音からの文字起こしなのだろう。その言葉の信憑性や、現場の空気感などがリアルに伝わってくる。
自分は関わっていないけれど……と、必ず前置きしてから喋る人、最後に「虐殺なんてなかった」と言いきる人の言葉も、そのまま収められている。同じ場面のことでも、複数の人の話が食い違っていたり、ピッタリ重なっていたりして、数をあたる(人数をこなす)ことの大切さも分かる。ある意味、「公式記録」みたいなものよりも参考になるし、何があったのかがしっかり伝わってくる。
この本を「日時が違っている」とか「チェッコ銃はソ連製じゃないから間違いだ」とか、細部の間違いや不整合をあげつらってでたらめだと騒いでいる人がいるが、90歳近い老人たちの年号や日時の記憶がズレていたり、当時の知識が違っていたり(チェコ製の銃でもソ連経由で入ってくれば「ソ連製」と思い込むのはごく自然なことだろうし、そんなことはどうでもいい)、ムキになって否定しようとすればするほど、証言そのもののリアルさが浮かび上がってくる。
それと「南京」だけが妙に突出してシンボル化されているというか、数をめぐる論争とか、根本問題とは違うところで水掛け論を繰り返している。そういうの、日本国内だけじゃないかな。
要するに虐殺・略奪・放火・強姦……はあちこちでずっと行われていたわけで、そうなってしまう
戦争の「構造的」問題を認識することがいちばん重要だ。
兵站がないまま進撃したら、兵は飢えるし、「現地調達しろ」と上から命令されたら、民家を襲って略奪するのは「任務」になる。それを繰り返すうちに精神がいかれてしまう。これは長期化した場合の地上戦の宿命で、現代でも同じこと。
我々はものすごく運がいい時代に生まれたので、そうした体験をしないまま生きてこられた。この幸運に感謝することは、あの時代をしっかり学ぶことと表裏一体なんだな、と、70年生きてきた今になって、改めて思う、無学な爺でありますよ。
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