一つ前の日記へ一つ前 |  目次   | 次へ次の日記へ

のぼみ~日記 2025

2025/07/05


5の倍数揃い


ブヨという憎いヤツ


ズボンの上から刺すのか、ズボンの内側に入り込んで刺すのか……。最低でも1週間は痛がゆい。最近刺された場所でいちばんやっかいなのがてのひら。皮膚が厚くて穴が空かないのでどこを刺されたか分からず、翌日あたりから猛烈に痒い。キーボードを打つときに机の面に触れるので、たまらん↓
↑一見なんでもなさそうだけど、傷口がない分、毒が出せずに皮膚の下にいつまでも停滞し、ものすごく辛い

2025/07/06

↑3年前の今日。まだズボラ苑がなかった頃は、もっぱらかわず庵の小さな庭で遊んでいた


一目で分かるかな? 4の倍数



末尾が全部6 これはこれで10分の1の5乗の確率だから、相当なレアもの



4の倍数


ナスもできてきた


採れすぎのキュウリほどではないけど、ナスも毎日食う分は採れるようになった



長い

陸上日本選手権またまたひどい失態


またまた日本選手権女子100mHでひどい不手際。1位と2位がきわどかったのはまだ分かるけど、なんで6位の寺田明日香が3位に表示された?
2023年の日本選手権でも同じミスをやっている。日本記録保持者の福部真子が1位と表示され、大喜びしたのもつかのま、その後4位と訂正されて世界選手権への出場を逃した。このときは優勝した寺田明日香が優勝インタビューではっきりと運営に苦言を呈していた。
今回のミスはもっとひどい。こんなんで世陸東京大会の運営は大丈夫なのか? こういうのをビシッとやるのが日本の誇れる点だったのに、どんだけ劣化しているんだろう。

1000分の1秒まで表示していながら、まだ寺田が3位になっている。ありえないでしょ

選手たちも今回は怒る気にもなれなかったか、呆れて電光掲示板を見守る



ゴールシーンを何度見ても、寺田が3位はありえない



ようやく正しい順位が表示される

今年に入ってからだけでも、2月24日の大阪マラソンでの先導ミス(先導の白バイのうちの右側の1台と中継バイクが折り返さずに直進してしまい、先頭集団もそれに釣られて直進し、およそ20m先の定点カメラ設置場所まで余計に往復してしまう)事件5月18日のセイコー・ゴールデングランプリでの女子槍投げでのありえない疑惑判定など、考えられないようなミスが続いている。情けない!

2025/07/07

しつこくキュウリ

キュウリはもう食い切れない分が溜まっているんだけど、ここまででかくなるとやはり採らないわけにはいかないので採る。種からなのに、すごいな。


ナスもそこそこ育ってきた



時分が同じ数字で並ぶのは、1~5しかない(1は1時台と11時台の2通り)。1日に12回。温度が22.2℃なら、すべての項目が同じ数字並びというのもできたのだが、今年はアッついのよね。未明でもこの気温



今日は11の倍数揃いが狙える日なのだが、これはあと7分早ければ……

これはあと0.1℃低ければ……



これは湿度があと1%高ければ……

はいから~♪


最近は月曜日が買い物デイになってる。助手さん曰く「派手~」
いや、これはハイカラさんというのだよ。


これがオリジナル。いい時代だったなあ
作詞:松本隆 作曲:大瀧詠一


2009/10/19の演奏らしい。松本隆のドラム、衰えてないね

たぬ吉とねこ



いつもの散歩道。たぬねこストリートにて



何見てんだよ、の図

誰の仕業か?

たぬ吉かなあ。それとも鳥かなあ


シュレの子

南斗池で育ったシュレだろうか。一匹でもカエルになってよかった。ここから大きくなれるか……

今日のトラちん。暑いので、出てくる動作が超スローモーションになっている。それでも出てきて遊ぶのが可愛いと言うよりは健気。お互い、生きるって大変だよなあ……と、毎日、心で会話している。

↑まとめ動画

2025/07/08

戦争を煽る勢力

森水学園第三分校の「日本が壊れるまでの道」に「日満議定書と満州版「治安維持法」」を追加した。

参院選の前ということもあり、一部をここにも転載しておきたい。

凡太: 満州国でも治安維持法ですか。

イシ: すでに日本でも共産党狩りのために運用されているあの法律と同じ名前にしたんだね。
 この治安維持法制定に関わった新京高等法院の審判長・飯守重任(1906~1980)は、手記の中でこう書いている。
この法律を立法することに依って、ぼくはいわゆる熱河粛清工作に於いてのみでも、中国人民解放軍に協力した愛国人民を一千七百名も死刑に処し、約二千六百名の愛国人民を無期懲役その他の重刑に処している。ぼくの立法した「治安維持法」の条文は愛国中国人民の鮮血にまみれている。」(荻野富士夫『「満洲国」の治安維持法』より)

 この手記を資料の一つとして紹介している『「満洲国」の治安維持法』のあとがきで、著者の荻野氏はこう述べている。
(満州国の)「法の大暴風」は、日本国内、および朝鮮・台湾で治安維持法が有した暴力性をはるかにしのぐものといえる。これに匹敵するのは、1900年前後の台湾において猛威を振るった匪徒刑罰令のみであろう。それから30年以上を経過して近代的法治国家という体裁で糊塗した「満州国」は、「法の暴力」を発揮させるがための治安機構・治安法制の整備厳重化を急ピッチで進め、全面的に機能させることに汲汲とした。
(略)
 憲兵や警察による反満抗日運動に対する弾圧が朝鮮・台湾の場合と同じく、民族的偏見と、日本「国体」への絶対的な崇拝のために苛酷・残虐を極めることになったことはまだ想像しうる。しかし、検察官や審判官による司法処分の峻烈さには言葉を失う。それは朝鮮・台湾の検察官・裁判官にも共通することとはいえ、質的苛烈さや件数の膨大さにおいて、「満州国」の場合は突出しているといってよい。


凡太: そんなにひどいものだったんですか。「1900年前後の台湾において猛威を振るった匪徒刑罰令」というのは何でしょう。

イシ: 明治31(1898)年に、児玉源太郎総督、後藤新平民政長官が指揮する日本統治下の台湾で台湾総督府が発布した条例で、同じような内容だね。官吏、軍隊に対して抵抗した者は死刑に処してよいという内容を含んでいた。
 このときは「保甲条例」という、警察の管轄下での連座制、相互監視、密告を制度化した条例も発布されて、住民の密告も推奨された。
 1902年(明治35年)までの約5年間で、匪徒刑罰令での処罰者はおよそ3万2000人。これは当時の台湾の人口の1パーセントを超えているそうだ。住民の100人に1人以上がこの条例で処罰されたということだから、凄まじいね。

 匪賊という言葉は当時の日本では普通に浸透していた。匪賊狩りをテーマにした「討匪行」という歌がレコードにもなっている。歌詞は、「どこまで続く 泥濘(ぬかるみ)ぞ 三日二夜を食もなく 雨降りしぶく鉄かぶと」と、大陸での戦の辛さを歌っていて、最後は「敵にはあれど遺骸(なきがら)に 花を手向けてねんごろに 興安嶺(こうあんれい=中国北部の山脈)よ、いざさらば」と、倒した敵の遺骸を弔っているようなことになっているけれど、実際にはそんなもんじゃなかったようだね。
 満州事変や日中戦争に従軍した日本人兵士の中には、この「匪賊狩り」を経験して、帰国後PTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまう者も多かった。新兵に「度胸試し」として、捕らえた「匪賊」の首をはねさせられるようなことが横行していた。
 昭和7(1932)年1月のある日だった。入営して2か月にもならない。兵舎から200メートルほど離れた射撃場からさらに100メートルの所に、ロシア人墓地があった。その墓地に三中隊の60人の初年兵が集められた。大隊長や中隊長ら幹部がずらりと来ていた。
 「何があるのか」と、初年兵がざわついているところに、6人の中国の農民姿の男たちが連れてこられた。全員後ろ手に縛られていた。上官は「度胸をつける教育をする。じっくり見学するように」と指示した。男たちは、匪賊で、警察に捕まったのを三中隊に引き渡されたという。はじめに、着任したばかりの大隊長(中佐)が、細身の刀を下げて6人のうちの一人の前に立った。だれかが、「まず大隊長から」と、すすめたらしい。内地から来たばかりの大隊長は、人を斬ったことなどはなかった様子だった。部下が「自分を試そうとしている」ことは承知していたろう。(略)彼は、刀を抜いたものの、立ちつくしたままだった。(略)中尉の一人が、後ろ手に縛られ、ひざを折った姿勢の中国人に近づくと、刀を抜き、一瞬のうちに首をはねた。(略)もう一人の中尉も、別の一人を斬った。その場に来ていた二中隊の将校も、刀を振るった。後で知ったが、首というのは、案外簡単に斬れる。斬れ過ぎて自分の足まで傷つけることがあるから、左足を引いて刀を振りおろすのだという。3人のつわものたちは、このコツを心得ていた。もう何人もこうして中国人を斬ってきたのだろう。
 首を斬られた農民姿の中国人の首からは、血が、3、4メートルも噴き上げた。
(「聞き書き ある憲兵の記録」土屋芳雄 朝日新聞出版 より)


凡太: NHKの朝ドラでも、ときどき戦場から帰還した人がPTSDになってしまうエピソードが出てきます。『カーネーション』とか『虎に翼』とか『あんぱん』とか。実際にどんな経験をしたかは語られないんですが、こういうことなんですね。

イシ: うん。荻野氏が書いているように、こういう残虐行為が平然と行われた背景には「民族的偏見と、日本『国体』への絶対的な崇拝」があったことは間違いないだろう。この2つは、現代の日本社会にも一部根強く残っている。
 歴史を学ぶと、不況になって民衆の暮らしが苦しくなった時代ほど、他民族への憎悪や差別が激しくなり、戦争を賛美する空気が充満していくのが分かる。ヒトラーが台頭してきたときのドイツもそうだったし、大正末期から昭和初期の日本もそうだった。今の日本もまさにそうで、非常に危険な状況だよ。
 だけど、古代史で学んだように、現在の日本人というのは一大混血民族で、中国や朝鮮の人たちの血も混じっている。日本の「国体」というけれど、万世一系の天皇家というのも、文字通り信じている人は少ないと思うんだけどね。
 それでも、自分が社会的に弱い立場に置かれると、さらに弱い者を作って差別しようとする。その裏返しが政財界の要職に就いている者を問答無用で殺すテロになる。
 そういう人間にならないためにも、歴史をしっかり学び直すことは必要なんだ。

 ナニ人が、とか、ナニ国が、とかではなくて、誰がいつ何をしたかという事実をしっかり見ていくこと、その結果社会がどうなっていったかを知ろうとすることが、歴史を学ぶ上で大切な姿勢だよ。

 貧困の解消や格差社会の是正は必要なことだ。でも、その原因を正確に分析する前に、他民族への攻撃などに誘導されてはいけない。
 「ナニ人」という定義は、国籍がどこか、というだけのことだ。ほとんどの人は自分の意志で国籍を取得したわけじゃない。自分が「ナニ人」に生まれるか選ぶことはできないし、偶然にすぎない。
 多国籍企業があたりまえになっている現代では、企業のトップが「ナニ人」かはあまり関係がない。例えば、水源地を買い占めたり、インフラを金で独占して自由に価格や品質を操作したりすることは、国を守る上では危険極まりないことなので、ナニ人が経営する企業であろうが許してはいけない。日本国籍を持つ日本人であっても、金で自然環境を破壊して私腹を肥やしたり、他のさらに巨大な財力を持つ集団に売り飛ばして利ざやを儲けようとするような人間はいる。そういう行為をさせないための法律作りや政治システムの健全化が必要なんだ。

 戦争についていえば、戦争は悪だ、と単に主張することは簡単だ。重要なのは、なぜ戦争になったのかという状況分析だ。
 戦争は悪いが、そういう状況に追い込んだ相手国も悪い、という人もたくさんいる。そうした責任の押し付け合いも、戦争を生み出す一因になっている。それをやっている限り、問題解決にはならないだけでなく、国家間、民族間の不要な軋轢を生み出すからだ。
 戦争が経済行為になっている以上、ナニ人だろうが、ナニ国だろうが、戦争を仕掛ける人間は必ずいる
 軍隊という集団が一度武力紛争の現場に派遣されれば、上官の命令には絶対服従という環境に置かれ、やらなければ自分がやられるという自己保全の本能から残虐行為もしてしまう。そうした極限状況を作らないための具体的な方法を探ることが重要なんだ。
 日中戦争前の日本では、なんとか交渉で事態の悪化を食い止めようとした人たちは次々にテロで殺されてしまった。大陸での日本軍の行いを、国民やメディアは応援した。歯止めをかけようとする言論は封じられ、処罰された。
 これは歴史的事実なんだから、そこから目をそらしたり、正当化したりすることは、同じ失敗を繰り返すことにしかつながらない。そのことを一人でも多くの国民が認識して、社会の空気を浄化していけることを願うよ。

フェイスブックでシェアしたこれも貼っておこう。


2025/07/09

「熱河作戦と国際連盟脱退」も追加。
これもごく一部をここに転載。

凡太: 熱河作戦をしていなければ、日本の国際連盟脱退もどうなっていたか分からないですか?

イシ: どうなんだろう。多少は諸外国から日本への警戒感、嫌悪感を和らげられたかもしれないけれど、それでも結局は脱退していたんじゃないかな。
 国際連盟脱退に関しては松岡洋右の名前だけが記憶される傾向があるけれど、松岡は上からの訓令に従って行動しただけでね。実際にはリットン報告書が国際連盟で取り上げられている最中に熱河作戦なんていう中国へのさらなる侵攻を認めてしまった政府、特に「焦土演説」の内田康哉あたりの罪が重い。
 熱河作戦は1933年1月に斉藤内閣の閣議で正式に決定したことで、天皇の裁可も得ていた。国際連盟に満州国を認めさせようと本気で考えていたなら、そんなタイミングでさらなる軍事行動を起こすかね。外交のセンスがゼロだ。
(略)
 実際には松岡の最初の演説から脱退通告までは4か月かかっている。この間、日本国内では国際連盟脱退やむなしという意見のほうが強かった。新聞が「連盟よさらば」などという見出しで煽ったこともあって、帰国した松岡を国民は凱旋将軍のように出迎えた。そうした空気を作り出したメディアの責任も重いし、煽動にのせられて、国際情勢を理解できないままうかれていた国民にも責任はあると思うよ。
 自分たちの生活が苦しいから、領土が広がって景気がよくなるほうがいい、というノリだったんだろうけれど、そのために土地を取り上げられたり、民族としての誇りを踏みにじられる人たちがいるということに思い及ばない。あるいは、分かっていても、日本人以外は「匪賊」なんだからやっつければいいくらいに思っていたんじゃないかな。
 そういう教育を受けていたから、ということもあるだろうけれど、他人の生活権のことに思い及ばないというのは罪だよ。

用務員・杜用治さんのノート
カタカムナから量子論、宗教哲学、情報戦争まで、現代社会の謎と真相を楽しみながら考える、まったく新しいタイプの文章エンターテインメント。
  用務員・杜用治さんのノート

 Amazonで購入で買えます⇒こちらから

KindleKindle版は⇒こちら(500円)


Amazonが使えないかたは、こちらからも買えます(ただし、送料がかかり、納期も遅れます)
製本直送にてご購入


『真・日本史』第1巻・第2巻・第3巻発売!



『真・日本史(1) -縄文時代~黒船来航まで-
1万年の平和を壊し続けた者たち』


『真・日本史(2) -幕末史「戊辰クーデター」の実相-
テロリストと欧米エリートが壊した「維新」』


『真・日本史(3) -馬鹿が作った明治』-

↑ClickでAmazonのページへ

           



更新が分かるように、最新更新情報をこちらの更新記録ページに極力置くようにしました●⇒最新更新情報
シェア用ボタン↓
Facebook   Twitter   LINE




一つ前の日記へ一つ前 |  目次  | 次へ次の日記へ


Kindle Booksbooks    たくきの音楽(MP3)music    目次へ目次    takuki.com homeHOME


Google
nikko.us を検索 tanupack.com を検索