この店はよい点と悪い点がはっきりしている。
よい点は、店主をはじめ、働いている人たちが笑顔で温かくもてなしてくれる雰囲気のよさ。とても気持ちがよい。
見晴らしのいい農村風景の中にある古民家という舞台装置もいいので、観光客がちょっとお休みするにはいいかもしれない。
例幣使街道をまっすぐ日光山内に向かえば、杉並木を抜けた後、最初に目に入る、そして立ち寄りやすい場所なので、ロケーションはすごくいい。
弱点はメニューの少なさと単調さだろう。
ランチに利用するにしてはソースカツ丼と冷やしうどんだけというのは選択肢がなさすぎるし、そのソースカツ丼にしても、びしゃもんの焼きうどんのような強烈な個性、ここじゃなければありつけないというキラースペックがない。
せめて業務用のワカメスープっぽいのの代わりに自家製味噌と旬の野菜で作った味噌汁とか出てくればいいのだが……。
こういう農家風のお店で原価計算を感じさせるようなメニューが出てくるとちょっと興醒めしてしまう。
築250年の古民家を再生して何かお店ができないか……というコンセプトが先にあって、というか、それが主目的で、こういう料理を出したい、こういうメニューにこだわりたい、という意志が伝わってこない感じ。
となると、近所の常連さんがお茶飲み話をしに立ち寄るカフェとして、あるいは観光客がひょいと立ち寄って「田舎に来たなあ」と、のんびりしたムードを味わいながら食事をしたり珈琲休憩をする場所としての役割を担っていくことになるのだろうか。
……と、あれこれ思いを巡らせていたのだが、このもやもやの正体が後で分かった。
なんと、やまなか茶屋は
「みず家」だったのだ!
ふぃふぁ山荘さんがブログですでに何度も紹介していたのを見落としていた。
昨年10月には建築中のやまなか茶屋にアポなし取材?を決行していた。
12月にも、
当初10月にオープン予定だったのが遅れているというリポートが……。
そして、
5月にはひっそり「プレオープン」しているところをこれまた突撃取材でリポート。
ふぃふぁ山荘さんの日光グルメ愛はどこまでも深い。すごいなぁ。
まとめると、
- 上今市のものすごく分かりづらい、行きにくい場所にあった「うどん&カフェ みず家」が、昨年から閉店して、ここ土沢に移転するために鋭意、古民家を改装中だった。
- その築250年の古民家は奥様の実家。
- 店名は「みず屋」から「やまなか茶屋」に変更。
- 改装工事が遅れ、メニューもなかなか決まらずに年を越す。
- 当初の予定より半年以上遅れて、5月にようやくひっそりとオープン。ふぃふぁ山荘さんには「ネットで見てお客さんが殺到すると対応しきれないので、記事を載せるのは少し待っていて」とリクエスト。
- 看板メニューとして「ソースカツ丼」を押し出すことに決定。
……で、今にいたる……ということらしい。
これで謎が解けた。なんで数少ないメニューの中に「クリーミーたらこうどん」がスポンと入っているのかも、マスター夫妻の接客姿勢がとても感じがよくて、しかも堂に入っているのも。
「みず家」なのね。
で、事情を知った上で改めて思うのは、食事の店が続けられるかどうかは場所のよさがすごく重要だということ。
例幣使街道の杉並木沿いにはつぶれたレストランが2軒あって、今も建物がそのまま廃屋として残っている。
どちらも入りにくいのだ。
杉並木部分は車幅が狭く、すれ違うのがやっとだから運転も緊張する。そんなときにいきなりレストランがあっても、サッとハンドルを切って入れない。
でも、やまなか茶屋は開通したばかりの広いバイパスからちょうどいい距離に見えている。あんなところにお店がある……と認識してから、進入路にさしかかるまでに「よし、あそこに寄ってみようか」と決断するだけの時間がある。
鹿沼を過ぎてからここまで、例幣使街道沿いに入りやすいお店はそんなにないから、お腹が空いていて、このへんでちょっと腹ごしらえをと考えていた観光客はスッと入りやすい。
でも、正直に書けば、僕としては
みず家のほうが好きだった。
ものすごく行きにくくて、事前に情報を知っていないとたどり着けない場所だったが、のんびりした雰囲気は独特のもので、ゆったり時間が流れていく感じがとてもよかった。
あの雰囲気とこの場所(開けた里の中の農家そのもの)とはだいぶ雰囲気が違う。みず家のロケーションや建物の感じは、田舎暮らし志向の都会人が粋にやっているおいしいカフェ。
一方、ここ、やまなか茶屋は、いわゆる農家レストランの感じ。だからこそ「ソースカツ丼」という幟に???となってしまうのだ。
麦とろ定食とか田舎御膳とか十割蕎麦とかなら……あるいは地鶏と地飼い鶏の新鮮玉子で作ったふわふわ親子丼とかならしっくりぴったりくる。そういうのではなくて、ソースカツ丼……味噌カツでもなくて、普通にソースをかけたカツ丼。
みず家のうどんはお店の個性でもあったから、ここでもうどんを前に押し出してくれたほうが分かりやすかった。そもそも、看板が「うどん・珈琲 みず家」だったら、「あれ? もしかしてあのみず家?」と、すぐに入っていたはずだ。
周囲に蕎麦屋はあまたあるものの、うどん屋はない。似ているのは猪倉に近い場所にある「何時も庵」だが、みず家のうどんは何時も庵のうどんとはだいぶ違うし、みず家の個性がすでに確立されていたと思う。
それが見えてこないままソースカツ丼が出てくると、やはり戸惑う。ソースカツ丼好きの人は、おそらくこういうロケーションで食べなくても、ソースカツ丼がうまい店に行くだろうし……。
目立つ幟の感じもちょっと違和感がある。町中の幟のデザインで、田舎の風景にマッチしていない。幟を立てるのは必要だけれど、デザインが残念。
あのお洒落なみず家のコンセプトはどこに……。
というわけで敢えて、敢えて、勇気を持って書くのだが、僕としては店名も含めて「みず家」のままここに移ってくればよかったのではないかと思う。
やまなか茶屋は、間違っても外回りの人たちが腹ごしらえにリピートして利用するランチ店ではない。であれば、観光客が口コミで広める、高級感とこだわりコンセプトを売りにしたカフェとしてやっていくのが正解だと思うのだ。
なぜ「ソースカツ丼」をキラーメニューにしようと決めたのかがよく分からない。店主がものすごくソースカツ丼を愛していて、ソースカツ丼抜きではこの店は語れないというくらいの気持ちを持っているなら別だけれど、そうでもないのなら、クリーミーたらこうどんや季節の野菜を使った日替わりうどん定食みたいなものでいいんじゃないのかなあ。
トライフルの「日光のイタリアン」にならって、渋い木製看板で
「日光のうどん!」あるいは
「日光でうどん!」って掲げてもいいかもしれない。
建物が農家そのものだから、お洒落なカフェというコンセプトを打ち出しにくいのはよく分かるが、「うどん」を主軸にした異色のカフェという口コミが広まるのは難しいことではないはず。
高級アナログオーディオで静かにジャズが流れる築250年の古民家でクリーミーたらこうどんと本格焙煎珈琲を味わう……みたいな……。
店主も、今さらあくせく数を稼いで売り上げをどうのこうのとは思っていないはずだ。みず家のときより営業時間が短くなっていることからもそれはよく分かる。
であれば、なおさらのことオリジナルうどんメニューと珈琲でよかったんじゃないだろうか。
いずれにしても、これからやまなか茶屋がどんなふうになっていくのか、興味津々だ。
次に行くときは迷わずクリーミーたらこうどんを注文することになるだろう。