2012/12/21

新・マリアの父親



3.11後、かつて書いた小説『マリアの父親』を今こそ書き直すべきか……と何度か思った。
『マリアの父親』は、第四回「小説すばる新人賞」を受賞した作品。これがデビュー作だと思われているのだが、実際には1990年にマガジンハウスから出した『プラネタリウムの空』という音楽CDがついた小説単行本がメジャーデビュー作で、『マリアの父親』は第2作目にあたる。
エントロピー環境論を知ったことが大きな衝撃で、これをなんとかエンターテインメントの形で伝えられないかと思ったのがきっかけだった。
あるかたの紹介で、当時、文芸誌「すばる」の編集者だった片柳治さんにデビュー作の『プラネタリウムの空』を読んでいただいた。感想は「文章は一流だが、文芸としてはまだまだのレベル」というものだった。
そのとき、次の作品の構想として『マリアの父親』のアイデアを話したところ、片柳さんはすぐに「それは面白い! 書き上がったらぜひ読ませてください」と言ってくださった。

テーマは原子力エネルギーと人間の文明欲。エントロピー増大の法則から地球環境を考えるという、難しい試みだが、それを大人の童話風に仕上げるために、マリア、僕、デンチという3人の登場人物をまず設定した。
マリアは愛と包容力を、「僕」は誠実さと純粋さを、そしてデンチは知性と合理性を表すキャラクター。
よくあるロールプレイングゲームの主人公みたいなものだ。

苦労したが、なんとか書き上げて、さっそく片柳さんに読んでいただいた。
また酷評されるかなと思ったのだが、すぐに「これはいい。ぜひ世に出すべきだと思う。すばる文学賞の応募作品として預かります」ということで、規定枚数の300枚以下に書き直したものを片柳さんに預けた。
半年くらいして連絡があった。
「ずいぶん頑張ったのだけれど、残念ながらすばるの編集部内では理解を得られなかった。そこで相談だけれど、小説すばる新人賞のほうに回したらどうかと思うのだけれど……」と。
もちろん異論はあるはずもなく、お願いします、ということになった。
しかし、小説すばるの編集部でも、この作品を理解してくれる人がいなかった。
恋愛小説でもない。ミステリー小説でもない。ファンタジーとも言えないし、もちろん時代小説でもない。なんなんだこれは? という反応だったらしい。
しかし、その年にたまたま小説すばる編集部に副編集長として異動してきた須藤貴子さんが救世主になった。
彼女は、すでに小説すばる編集部の中で候補作としてリストアップされていた作品を全部読んで、がっかりしていた。どれも定型化された、平凡な作品に見えた。なんだかなあ……と思っていたところに、片柳さんから「すごくいい作品があるんだけど、読んでみて」と言われ、編集長の机の引き出しから救出してきた『マリアの父親』を手にする。
すぐに読了し、「なぜこの素晴らしい作品を候補作に入れないのですか」と編集長に抗議。
それでも難色を示す編集長他、年輩の男性編集者陣と対抗するため、若手の編集者や女性編集者に『マリアの父親』を読ませて、味方につけ、なんとか編集会議で『マリアの父親』を候補作の中に滑り込ませてくれた。
この段階では、『マリアの父親』は「当て馬」というか、員数合わせ的存在で、部長たちはまったく評価しておらず、他の時代小説など数作を有力候補として考えていたそうだ。

ところが、選考会当日、大阪から上京した選考委員の一人・田辺聖子さんが、羽田空港に着くなり「今日はたくき よしみつ一本で押すわよ」と宣言したので、編集部は大騒ぎになった。
「たくき? なんだっけそれ?」
というわけで、大急ぎで読み返してみたり……大変な混乱ぶりだったらしい。

受賞までにはそんないきさつがあった。20年以上経ったからもう時効だと思って書く。
片柳さん、須藤さん、田辺聖子さんは、受賞に至るまでの恩人なのだ。

その後も、いろいろなドラマがあったのだが、それは書かない。
ひとつ言えることは、1991年の時点で、この小説を理解して、あるいは評価してくれる人は少なかったということ。
受賞後は「たくき よしみつという反原発の危険思想を持った新人がデビューしたらしい」といった噂が文芸界に流れて、僕を敬遠する文芸誌もあったという話も聞いた。
そうした中でも、もっとうまく世渡りしていけたのではないかと、今では思うのだが、最後はどうしても器用に立ち回れなかった。

20年後に、自分が原発人災に巻きこまれ、あらゆることが虚しい。

……というわけで、作業はまず、本を読み返すことから出発するわけだが、3.11後、なかなか読む気になれなかった。
しかし、アマゾンで古書が2万円以上の価格をつけて売られていることを知り、これはやはりなんとかしなくては、と、重い腰を上げた。

読んでみたら、思っていたよりずっと面白かった。自分の作品についてそんな風に言うのはどうかと思うが、細部を忘れてしまっていたので、一読者として読めたのがよかったのかもしれない。
あるいは歳を取って、気持ちが緩くなっているのかもしれない。寛容になっているというか……。

で、次はこれをデジタル化するわけだが、頭から全部打ち直すか、スキャンしてOCRソフトでテキスト化したものを直していくかで、ちょっと迷った。
やってみると、やはりスキャン作戦のほうが楽そうだ。
しかし、スキャンした画像をOCRでテキスト化すると、OCR特有の誤変換がいっぱい生じる。カタカナのロと漢字の口(くち)、カタカナのカと漢字の力(ちから)なんかは、誤変換されていてもすぐには気づかない。
親切な読者の助けも借りて、今も校正を重ねているところ。

もうひとつ悩むのは、PDF重視かePub重視かという判断。

今の電子書籍業界は、読む道具によって分けると、

  1. Kindleなどの専用端末で専用フォーマットのものを読む
  2. iPadなどの汎用タブレットで読む
  3. iPhoneやiPod touchなどのケータイやスマホのような小さい端末で読む

の3つに大別される。
さらには、小説の場合


のどちらがいいか、という問題がある。
PDFは行数文字数が固定されている。一種の「印刷物」と考えていい。
だから、パソコンのモニターやiPadのような大きめのタブレットで読みやすいレイアウトで固定すると、スマホやiPod touchのようなもので見ると文字が点のようになってしまってほとんど読めない。

ePubは実体がhtml(テキストデータ)なので、画面の大きさに合わせて文字詰めを変えたりできるのがメリット。
スマホで読むなら絶対にePubのほうがいい。
その代わり、基本は横書きになるし、ハードやアプリとの相性問題で読みづらいこともある。

Pubooに「プロ版」というのができて、月々の契約料を払うと、PDFファイルを自分で作って送り込めるようになるとかなんとか。今回の『マリアの父親』はそのプロ版契約後の初めての電子出版。
PDFは小説単行本より少しゆったり目の縦書きで作成した。
しかし、これでもiPhoneやスマホでは全画面表示すると小さくて読めない。
苦肉の策で、PDF版を基本にした出版をした後に、横書きePubダウンロード用に別バージョンも置くことにした。
他にもいろいろ苦労させられることがあって、なかなか大変。
……で、奮闘中……


縦書きPDFを作成してまずはUP。それをAdobe Readerで読むとこんな感じになる


縦書きPDFから生成したePubは1ページごとの「画像」ファイルになる。iPadでは読めるが、iPod touchでは無理


余白をもう少し減らしたいところ。電子書籍ではページ余白をほとんど作らないレイアウトがよいと判明


のぼるくんは、あるじの仕事を邪魔するというネコ本来のお仕事従事中


いいなあ、おまえさんはお仕事が順調で


ん? なにか問題でも??




更新が分かるように、最新更新情報をindexに極力置くようにしました⇒index

たくき よしみつ 新譜・新刊情報

新・マリアの父親

福島原発が爆発する20年以上前に発表された予言的な小説。
第四回「小説すばる新人賞」受賞作。改訂新版としてデジタル書籍で復活。

縦書きPDFバージョン(PCやブラウザから直接読む場合)⇒こちら

横書きePubバージョン(iPhone、iPod touch、iPadなどのiBooksで読む場合に推奨)⇒こちら

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