たくき よしみつ シドニー五輪テレビ観戦記4



「ちゃんと見てるよ」(「TVライフ」連載)では書ききれない、シドニー五輪テレビ中継批評をリアルタイムで掲載。  

弘山晴美選手、決勝最下位の意味


 このページを読んでくださっているかたから、弘山選手の1万メートルも「ちゃんと見て」いてくださいねと念を押されてしまった。
(^^;;
 はい。しっかり、リアルタイムで観戦、応援しましたよ。
 正直なところ、決勝進出も危ないんじゃないかと思っていた。一時は夫の勉コーチに、「五輪代表を辞退する」と訴えるほど落ち込んでいたらしいし。
 1万メートルのトップランナーと弘山選手の実力差はいかんともしがたく、それを痛感していたからこそ、彼女はマラソン転向を決意した。松野明美選手のときと同じ。
 だから、マラソン代表から外し、「1万で出ろ」と彼女に命じることは、単純に代表から落とすこと以上に残酷なことだったはず。それが分からない陸連の無神経さには、本当に怒りを覚える。
 晴美選手が精神的に立ち直るきっかけとなったのは、ロルーペ選手がマラソンと1万の両方に出ると言っているのを聞いたことだとか。世界の一流選手は、マラソンだ1万だと区別していない。チャンスが少しでもあるならどん欲に挑んでいくのだということを見せつけられ、自分の偏狭さを恥じたと言っているそうだ。この気持ち、すごくよく分かる。
 憎しみや恨み、後悔といったほうに気持ちがいってしまうよりは、どんな理屈でもいいから、前向きな方向に修正したい……すごくまっとうなことだと思う。でも、現実はまた別。
 昨日の女子1万メートル決勝は、トップ集団(5人)の5000メートルの通過タイムが、弘山選手の持っている5000メートル日本記録とほぼ同じ。つまり、トップ集団は、弘山選手が5000メートルを全力で走りきったときと同じペースで平然と5000を通過し、残り5000で勝負をつけるというレースをしたことになる。しかも、最後の1周はあの猛烈なスパート。
 これはもう、どうにもならないですね。周回遅れの屈辱を味わいながら、弘山選手は「悔しさも感じなかった」と告白したとか。マラソン転向を決意させた現実を、だめ押しのように突きつけられ、彼女はどんな気持ちだっただろう。「これで心おきなくマラソンに専念できる」と言っていたそうだけど、今回の体験が決して無駄ではなかったと思いたい。少なくとも、全国民が弘山晴美の名前を知ることにはなったしね。
 昨年の世界陸上の4位という成績も、3位とは1周近くの差がついていた。今回のトップ集団5人の中の1人は途中棄権していたし、優勝のトゥル選手は産休で欠場。要するに、よほどのアクシデントが起きない限り、日本選手にメダル獲得の可能性は残されていないというのが、いかんともしがたい現実。
 調子は悪くなかったみたいだから、マラソンに出ていればかなりのところまでいっただろうなあ。もしかしたら(「たら」は虚しいけど)、弘山が金、高橋が銀……という結果になっていたかもしれない。
 願わくば、松野選手のときのように、そのままずるずると引退ではなく、来年、またマラソンを走る勇姿を見せてほしい。高橋、弘山、ロルーペ、シモンが揃って好調のとき、決着をつけるようなレースを見てみたい。
 きついだろうけど、ぜひ、またマラソンを走ってほしいなあ。ふれふれ、弘山晴美!
 さて、今日は男子マラソンですね。期待はしていません(^^;;
 でも、応援しているのは犬伏選手です。あの地味さがたまらない。
 有力選手が出ていないから、チャンスはあると思うんだけど……まあ、過剰な期待はするまい。  
(2000/10/01)


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