さっそく電話。
当初、電話に出た男性は眠そうな声でむにゃむにゃと要領を得ない応答で、後ろでは女性の声で「保健所に問い合わせてもらって」などと言っている。
保健所?!
保健所に持ち込んだのか?
これで一気にぶち切れそうになったが、かろうじて気持ちを抑えて、後から確認して電話をもらう約束をとる。
その後の1時間ほどはもう、どっと疲れてしまい、あらゆることが嫌になった。
手遅れになっていたらどうしよう。今頃、二酸化炭素充満のコンクリートの部屋で悶えながら窒息死させられた後だろうか……。最悪の事態を想像すると、もう、怒りとかではなく、ただただ「こんな世の中は嫌だ」という厭世観に包まれていく。
日頃、おばかだおばかだと言っていたが、結局、ジョンには精神的にいっぱい助けられていたんだなあと、改めて思う。う~~。
どよ~んとした気分でいたところに、電話が鳴った。
今度ははっきりした口調の女性で、ジョンが捕獲されたときの様子や、今どうしているかなど、一気に分かった。
このグループは3人で構成されていて、日頃は野良猫の救済活動を主にやっているのだという。
今回は「非常時」ということで福島に遠征したが、犬用のケージも足りず、リードを車のヘッドレストにつないで、車内に直接乗せて運んだりしていたらしい。
この日、南相馬市方面での保護活動を終えて帰ろうとしていたとき、川内村で犬が一匹けたたましく吠えながら車を追ってきた。「ぼくも連れて行って」と訴えられていると思い、車に乗せて連れ帰った……のだそうだ。
まったく、ジョンは……。
「それは連れて行ってほしいということじゃなくて、単に遊びで追いかけているんですよ。そういう犬なんです。おばかなので」
と説明したら、「そうなんですかぁ?」とがっかりしたようだった。
話を聞くと、どうも4月30日に一緒に散歩していて、ふと姿が見えなくなったな、猪狩さんちに戻ったのかなと思った、まさにそのときに連れ去られていたらしいと分かった。
で、ジョンはその後すぐに里親を名乗り出た人がいて、今、所沢にいるのだという。
Nさんというその家に電話すると、ジョンはすでに「ふくちゃん」という名前になっていて、可愛がられていた。
健康診断や予防注射も済んで、ダニやノミも取ってもらい、普段はその家の庭で放し飼い。近所の公園に散歩にも連れて行ってもらっているらしい。
「このまま飼い主さんが現れないといいねえ、なんて家族で話していたんですよ」
……あらららら。
ほんとにあのジョンなのだろうか?
「黒い首輪ですよね?」
「はい」
「耳が折れていて、足の先が白くて、尻尾はほとんど垂れていて、意気軒昂なときだけちょっと上がって巻き気味になって……」
「そうですそうです」
「リード、ぐいぐい引っ張って、落ち着きがないでしょ」
「ええ……まあ……(苦笑しているようだ)。あと、雨が降っていても小屋に入らないで濡れているので心配したりしているんですが……」
「そういう犬なんです。雪の上で寝ていますから。零下10度とかのふきっさらしのところで生きてきた犬です」
「そうなんですかあ?」
「犬小屋に蒲団みたいなものを入れても、すぐに引っぱり出すし……」
「そうなんですよ。タオルケットを入れたんですが、すぐに引っぱり出してしまって……」
「猟犬の血が濃いのか、キジやヤマドリを猛烈に追いかけたりする犬でして、でも、人には噛みつきません」
「ああ、それでですか。公園で鳩を追いかけようとして大変でした」
ああ、もう完全に間違いない。ジョンだわ。
なにはともあれ無事でよかった。
で、問題はこれからどうするか、だ。
話を聞けば聞くほど、そのまま「ふくちゃん」としてその家に飼われているほうがずっと幸せなんじゃないかと思えてくる。
飼い主の猪狩さん(今、面倒をみている猪狩さんとは別の猪狩さん。このへんは猪狩さんだらけ。愛ちゃんの親方も猪狩さん。そういえばこの前すれ違った。村の中で仕事を再開しているようだった)に電話して、状況を説明した。
「う~ん、それは……少し検討させてください」
との返事。
ジョンのご飯係だったふさこさんは、身体が動かない旦那さんと一緒に東京の親戚の家に避難しているし、けんちゃんはビッグパレットの避難所に詰めていて帰って来られない。今、ご飯をあげている猪狩さんの親切にいつまでも甘えていても、また捕獲されてしまうかもしれない。
うちはこれから先、留守にすることがまた多くなると思うので、やっぱり無理。
……となれば、多分、このままジョンは埼玉の犬として余生を過ごすことになるような気がする。
う~ん、強運だなあ。
しかし、本当にこれでいいのか?
言ってみれば、拉致されて、知らないうちにひとんちの犬になっているのだ。「結果よし」と言いきれるのか?
ジョンは喋れないから、どうしたいのか意志表示できない。
とりあえず、しばらくはNさんちのふくちゃんでいることになるので、近々、時間が取れたら埼玉まで様子を見に行こうと思っている。
(追記)
ちなみに、阪神大震災以降、被災地で捕獲された犬猫は保健所も処分せず、飼い主が見つかるまで、あるいは里親捜しをする努力をしているという。
しかし、それを知ってか知らずか、被災地の飼い主が自分で保健所にペットを持ち込むケースがたくさんあり、その場合は普通に殺処分されてしまうのだそうだ。
今ちょうど、テレビでは、20km圏内に生き残っている家畜はすべて殺処分することを国が命じたというニュースが流れている。
今回、
「東北地震犬猫レスキュー.com」というサイトを見ていて気づいたのだが、日本から消えてしまったのではないかと思っていた雑種の犬・ネコが、やはり田舎にはいっぱいいる。この雑種の犬猫が都会に流入して、都会の人たちが雑種の犬猫のよさに気づくという効果もあるかもしれない。そうした犬猫が子孫を残せば、血もうまく混じって、昔のように雑種があたりまえで純血種は特別だという日本に戻るかもしれないし。
田舎の犬猫は総じて可愛がられていないところがある。飼い猫が子供を産むとすぐに川に流してしまうなどということが、田舎ではあたりまえのように行われてきた。今もそうなのだ。
ちなみに川内村には獣医さんもいない。犬猫の避妊手術なんて、ほとんどの家で考えもしないようだ。
都会の人たちのペットへの溺愛ぶりと田舎の人たちの淡泊さ、怖いほどの割り切りが混じり合うとちょうどいいのだが、世の中、なかなかうまくいかない。
ジョンの父親は真っ白な雑種で飼われていた犬。母親は耳が折れた洋犬の血が濃そうな小柄の雑種(薄茶色)で野良犬。野良犬の母親が山の中で子供を産んだ中の1匹がジョンだった。
ジョンだけが甲斐犬のような模様で産まれてきて、父親犬を飼っていた家が一生懸命に飼ってくれる家を探したのだが、誰にももらってもらえず、最後に残ったのがジョンだった。
そのジョンをけんちゃんが押しつけられて、猪狩家で飼われるようになったのだが、つながれっぱなしで散歩させてもらっていないことに僕が気がついたのが3年近く経ってからのこと。
一緒に散歩するようになって2年半。
ジョンの兄弟たちはみんな死んだり行方不明になったりで、今はジョンしか生きていない。
そのジョンが、今は埼玉で上げ膳据え膳の待遇?で可愛がられている。
人生何があるか分からない。
……あ、また余震だ。