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のぼみ~日記2018


2018/09/12

「日本人」の定義とは?


大坂なおみの全米オープン優勝について、イギリスのGuardianが面白い記事を書いていた。
記事はのっけから、
世界のテニス界が全米オープンでセリーナ・ウィリアムズが主審のカルロス・ラモスに対して執拗な抗議をしたことについて議論している一方で、日本では大坂なおみの初めてのグランドスラム優勝で沸き上がっていた。

While the tennis world debated the merits of Serena Williams’ tirade against umpire Carlos Ramos during Saturday’s US Open final, Japan heaped praise on its first grand slam winner, Naomi Osaka.
'A new heroine': Japan celebrates first grand slam winner amid Serena row  Guardian 2018/09/10

とかなりシニカルな書きだしだ。

全米オープン女子決勝について、世界中でセリーナと主審の争い、セリーナの「セクシズム」という主張、そしてそんな中で平常心を貫いた大坂さんのスゴさに話題が集まっているのに、日本のメディアは全スルーで食べたいものは何かとか報道してるよという記事。うん、そうだね。https://t.co/n1S5jPp2H7

— たまさか(Tom. TK) (@TamasakaTomozo) 2018年9月10日

競技場に派遣された日本の記者たちの多くはウィリアムズとラモス主審のバトルにはほとんど言及せず、代わりに彼女の多国籍的な出自のことや、優勝が決まった今、まっ先に食べたいものは何かなんてことを訊いていた。彼女はそんな質問にも「カツカレー」なんて、しっかり一般受けするように答えていた。
The large contingent of Japanese journalists at Flushing Meadows largely ignored the Williams-Ramos spat, choosing instead to ask Osaka about her multicultural heritage, and what she would like to eat for her first meal as US Open champion. To which she gave the crowd-pleasing answer: katsu curry.
(同記事より)


イギリスらしい皮肉たっぷりの記事だが、世界は日本人や日本のジャーナリズムをこんな目で見ているということが学べる、いいサンプルだ。

ところで、今、サクッと「日本人」と書いたが、「○○人」とはなんだろうか。
同記事にはとても鋭いことが書いてある。
日本の社会は、そこで暮らす人びとが日本人という「単一人種」で構成されているという認識を持ちがちで、異人種との混血の人はあたりまえのように「ハーフ」と呼ばれてしまう。彼女の今回の優勝は、彼女の出身国である日本が、日本人というものの定義をより緩く、曖昧なものにしていくのではないかという期待を膨らませた。
Her victory has raised hopes that the country of her birth will adopt a more inclusive definition of Japanese identity in a society that often sees itself – with increasing imprecision – as racially homogenous, and where mixed-race people are routinely referred to as haafu (half).

終始皮肉たっぷりの言い回しの記事だが、いやはや、しっかり見ているなあと思う。

「二重国籍」問題の複雑さ

大坂なおみ(以下、なおみん)は現在アメリカと日本の「二重国籍」状態である、といわれている。
いい機会(?)なので、国籍とはなんなのかについて、改めていろいろ調べてみた。

「国籍」というのは、法的には国家が認めるものだが、その考え方が国によってまちまちなのでややこしい。
まず、「血統主義」(親のどちらかの国籍が子の国籍となる方式。日本、ドイツ、イタリア、中国、韓国など)と「出生地主義」(出生した国の国籍が付与される。アメリカ、カナダ、フランス、ブラジルなど)という2つのまったく違う考え方、法体系が存在しているので、矛盾が生じる。
なおみんの場合は、父親がアメリカ国籍、母親が日本国籍だから、日本のような「血統主義」ではアメリカ人か日本人、ということになる。一方、アメリカのような出身地主義の考え方では、生まれたのは日本なのだから日本人、ということになる。
では、自動的に日本人ということになるのか、というと、そう簡単でもない。アメリカの法律では、両親のいずれかがアメリカ人で、アメリカ、アメリカンサモア、スウェインズ諸島に合計5年以上居住していれば、アメリカ国外で生まれていてもアメリカ国籍を取得できる。大阪の場合はこの例にあてはまるので、アメリカ国籍も持っている。
そもそも、4歳からずっとアメリカで生活しているわけだから、アメリカ国籍を持っていないと生活にも不便が生じる。アメリカ国籍を持つのは当然のことだろう。
というわけで、現在は「二重国籍」*1という状態なわけだ。

二重国籍に寛容なアメリカ

在日アメリカ大使館領事館の日本語WEBサイトに「二重国籍」について説明しているページがあるが、その冒頭にはこうある。
はじめに。。。
米国の最高裁判所は、二重国籍を“法律上認められている資格”であり、“二カ国での国民の権利を得、責任を負うことになる”と述べています。一国の市民権を主張することで他方の国の権利を放棄したことにはなりません。(Kawakita.v.U.S., 343 US 717 [1952]参照)

現行の法と方針
米国法は、出生により二重国籍を取得したアメリカ人や、子供の時に第二の国籍を取得したアメリカ人に対して、成人したらどちらかの国籍を選択しなければならないという特別な決まりを設けていません。(Mandoli v. Acheson, 344 US 133 [1952]参照) つまり、現行の米国国籍法は二重国籍について特に言及していません。

なおみんの場合、上の「子供の時に第二の国籍を取得したアメリカ人」に相当する。
そういう二重国籍状態*1で、アメリカではそれが特に問題にされることはないのだが、日本の法律では22歳までにどちらの国籍にするのか選ばなければならないということになっている。
その方法は2つあり、
  1. 日本以外の国の国籍を離脱する届け出をすることにより、自動的に日本国籍だけになる
  2. 日本の役所に日本国籍を選択する内容の「国籍選択届」を提出する
の2つだ。
(1) 日本の国籍を選択する場合
ア 外国の国籍を離脱する方法
  当該外国の法令により,その国の国籍を離脱した場合は,その離脱を証明する書面を添付して市区町村役場または外国にある日本の大使館・領事館(外務省ホームページへ)に「外国国籍喪失届」をしてください。離脱の手続については,当該外国の政府または日本に駐在する外国の公館(外務省ホームページへ)に相談してください。  
イ 日本の国籍の選択を宣言する方法
  市区町村役場または外国にある日本の大使館・領事館(外務省ホームページへ)に日本の国籍を選択し,外国の国籍を放棄する旨の「国籍選択届」をしてください。
  なお,この日本国籍の選択宣言をすることにより,国籍法第14条第1項の国籍選択義務は履行したことになりますが,この選択宣言により外国の国籍を当然に喪失するかについては,当該外国の制度により異なります。この選択宣言で国籍を喪失する法制ではない外国の国籍を有する方については,この選択宣言後,当該外国国籍の離脱に努めなければなりません(国籍法16条第1項)。
法務省WEBサイトより)

日本とアメリカの二重国籍者の場合、ほとんどの場合、(2)の方法を選ぶらしい。
というのも、日本の役所に「日本国籍を選びます」という届けを出しても、それは一種の「宣言」であり、アメリカ側で特に手続きをしない限り、アメリカ側では「二重国籍を“法律上認められている資格”であり、一国の市民権を主張することで他方の国の権利を放棄したことにはならない」といっているわけだから、アメリカ国内でアメリカ人として暮らす権利は維持できるからだ。
なおみんのように、生活の拠点がアメリカである以上、アメリカ国籍をわざわざ手続きまでして放棄することは考えられない。

*1 父親のレオナルド・フランソワ氏は出生地がハイチのジャクメル。出生地主義のアメリカ的にはハイチで生まれたのだからハイチ人でもあるということになるが、ハイチの国内法では日本同様に二重国籍を認めていないそうで、アメリカ国籍を取得した時点で自動的にハイチ国籍は喪失しているという解釈らしい。

二重国籍のメリットとデメリット

二重国籍状態は「いいとこどり」のようにとらえられることが多いが、実際にはデメリットも多い。
例えば税金。
アメリカの法律では、アメリカ市民は米国で源泉される所得だけでなく、外国源泉での所得もアメリカでの所得税対象になる
一方、日本の法律では、
 租税条約では、わが国と異なる規定を置いている国との二重課税を防止するため、個人、法人を含めた居住者の判定方法を定めています。
 具体的には、それぞれの租税条約によらなければなりませんが、一般的には、次の順序で居住者かどうかを判定します。
 個人については、「恒久的住居」、「利害関係の中心的場所」、「常用の住居」そして「国籍」の順に考えて、どちらの国の「居住者」となるかを決めます。
国税庁WEBサイト より)

我が国の所得税法では、個人の納税義務者を「居住者」と「非居住者」に、法人を「内国法人」と「外国法人」とに分けた上で、「非居住者又は外国法人(以下「非居住者等」といいます。)」に対する課税の範囲を「国内源泉所得に限る」こととされています。

 また、「国内源泉所得」を有する「非居住者等」がどのような「国内源泉所得を有するか、支店や事業所などの「恒久的施設」を有するか否か、「国内源泉所得」が「恒久的施設に帰せられる所得」か否かにより、課税方法が異なります。

 したがって「非居住者等」に該当した場合の課税がどのようになるかを考えるときは、「非居住者等」の収入がどの種類の「国内源泉所得」に該当するか、国内に「恒久的施設」を有するかどうか、さらに「国内源泉所得」が「恒久的施設に帰せられる所得」かどうかを確認することが必要です。
国税庁WEBサイト より)

……ということで、かなりややこしいことになりそうだ。
例えば、なおみんは今回全米オープンに優勝し、優勝賞金380万ドル(約4億2200万円)を得たが、アメリカの居住者として35%の所得税がかけられ、約1億4800万円はアメリカに納税しなければならない。
それだけでなく、アメリカの法律では「アメリカ国外で発生した収入」に関しても所得税をかけるというのだから、東レパンパシフィックなど日本国内の大会での獲得賞金、日本のテレビなどへの出演料、日本企業とのスポンサー契約料や広告出演料などなど、すべての収入にアメリカで税金をかけられる。
これはたとえなおみんがアメリカ国籍を捨てて、日本国籍のみにするという手続きを両国側にしたとしても、今の生活スタイル(フロリダが生活拠点)のままであれば「アメリカ居住者」として、アメリカの国籍所有者同様にかけられる税金なので、避けられない。
一方、日本国籍を選んだ場合、日本で「非居住者」とみなされれば日本側にはまったく税金を納めなくてもいいかというと、そう簡単ではない。非居住者と認められても「課税の範囲を国内源泉所得に限る」とされるだけだから、日本で稼いだ金は日本とアメリカとで二重に課税させられる可能性がありそうだ。
税金に関していえば「二重国籍」であろうがあるまいが、アメリカの「居住者」である限りは逃れられないということだろう。

「国籍」の意味が薄れていく現代社会

今回のなおみんの優勝や、少し前に話題になった蓮舫議員の「二重国籍」問題などで、「日本の法律では22歳までに国籍選択をしなければならない」ということはかなり知れ渡ったのだが、実際にはこの法律はほとんど機能していないようだ。
現外務大臣河野太郎氏は、かつて自身のブログでこの問題を取り上げた。
国籍法は、国籍に関するルールを決めているにもかかわらず、現実には正直者が馬鹿を見ることになっている。
自己の意思で外国籍を取得したら日本国籍は自動喪失するという規定も形骸化している。
きちんと法を運用するか、あるいは二重国籍を認めるように国籍法を改正するか、政治として結論を出す必要がある。
ごまめの歯ぎしり 「二人の日本人」 2008/10/8)

これに関連した国会答弁もあり、「法務省が2008年に行ったサンプル調査から割り出した推定では、22歳に達するまでに国籍選択をした人の割合は約1割。さらに、この期限までに国籍選択をしていないものに対して、法務大臣から催告が出された例は1件もない」そうだ。

この現状を鑑みても、「日本人」かどうか、なんてことを騒いでいることのほうがアホらしいというか、現代社会に合っていないといえるのだろう。

ちなみに、過去のノーベル賞受賞者のうち、南部陽一郎氏(2008年、物理学賞。アメリカ国籍)、中村修二氏(2014年、物理学賞。アメリカ国籍)、カズオ・イシグロ氏(2017年、文学賞。イギリス国籍)の3人は、日本の法律に従えば、外国籍を取得した時点で日本国籍は失っているはずだが、なぜか文科省は南部氏、中村氏は「日本人受賞者」として数に入れ、イシグロ氏は入れないという、これまた不可解なダブルスタンダードを使っている。
海外で活躍するためには、その国の国籍(市民権)を得られるのならそのほうが便利なので、合理的判断で海外国籍を取得する「日本人」は数多い。
2018年3月には、欧州在住の元日本国籍保持者らを含む「国籍法第11条改正を求める有志の会」が、国籍回復などを求める訴訟を東京地裁に起こした
今となっては、G8のなかで重国籍を認めていない先進国は日本だけであり、あのナショナリズムの権化のような韓国でさえ、2011年、限定的に重国籍を認める改正国籍法を公布したという。
韓国も日本同様、少子高齢化に悩む国の一つである。1997年からの10年間で韓国籍を離脱した人の数は17万人。韓国籍に帰化した人は5万人なので、差し引きで12万人が韓国外へ流出したという計算になる。さらに韓国国外で暮らす韓国系の人は700万人と言われており、この人たちを「よそ者」と排除するより積極的に呼び込んだほうが国家戦略的に有益だと判断したらしい。
国籍法について ほぼ毎日、やけっぱち君

大坂なおみをめぐる日米国籍争奪戦があった

なおみんはすでに「日本選手」としてテニスをプレーすることを選択し、そのように届け出ている。
しかし、その直前にはなおみんを自国選手にしたい日本とアメリカで「争奪戦」が展開されていたという。
日米両方の国籍を持つ世界127位の大坂なおみ(18)をめぐって、日米の争奪戦が勃発した。ツアーでは、日本選手として転戦。本人も日本代表を希望しているが、米国テニス協会(USTA)が今大会の活躍で強力なアプローチを仕掛けているという。
大坂なおみ日米争奪戦 両方の国籍、日本に秘策も 日刊スポーツ 2016/01/24)

↑これは2016年1月の記事。なおみんはすでに「日本人選手」として届け出を出して、ツアー転戦をしていたが、彼女の才能と将来性を見抜いた全米テニス協会が、今からでもアメリカ人選手として登録し直せないかと動いていたらしい。
古豪米国は世界女王のセリーナ、4大大会7度の優勝を誇るビーナスのウィリアムズ姉妹を除けば、スターが育っていない。USTAは、女子代表のフェルナンデス監督が大坂の父レオナルドさんに、すべての面倒を見ると約束したと伝えられる。
(同上の記事より)

しかし、日本側もバカではない。ちゃんと手を打っていた。
13年9月に有明で開かれた東レ・パンパシフィックで、予選に出場していた大坂に日本テニス協会(JTA)が手を差し伸べた。
今大会で大坂に同行する吉川真司代表コーチが「すごい才能」と報告。来日の度に、練習などの場を提供している。JTAの畔柳会長も「日本を代表する選手。全力でサポートする。彼女も日本を気に入っている」と説明。レオナルドさんも13年間、日本居住経験があり、無名の時から協力を惜しまなかったJTAに、恩義を感じている。
(同上の記事より)

吉川真司代表コーチがしっかり動いていなかったら、今頃なおみんはアメリカ選手としてプレイしていたかもしれない。
また、全米オープン優勝セレモニーでのアダムズ会長の失礼極まりない態度も、このときの恨み(全米テニス協会がなおみんにアプローチしたのに、なおみんが日本を選んだこと)があったのかもしれない、などと勘ぐってしまう。

父親フランソワ氏は映画監督でもあった

テニス経験がないのになおみんのコーチをずっと務めていたという父親フランソワ氏(Leonard Maxime Francois)は、現段階ではまだまだ謎に包まれているが、魅力的なエピソードや経歴満載の人物だ。
彼はハイチという中南米でも最貧レベルの弱小国出身でありながら、ニューヨーク大学で学んだ後、13年間日本に在住。日本では「駅前留学」でお馴染みのあの英会話教室の講師などをしていた。そこでは「大阪弁の英語の先生」として生徒から人気があったそうだ。
また、自身が監督やプロデューサーをつとめた映画作品もある。
こんな映画を制作していたらしい↑ なおみんパパ



娘たちが出演している映画もある

冒頭のシーンなどに大坂姉妹も登場している

小さくて読みづらいが、editor, executive producerとして MAXIME FRANCOIS(なおみんパパ)、producer Tamaki Osaka(なおみんママ)、Based on a story written by MAXIME FRANCOIS のクレジットもある。監督・編集だけでなく原作も書いている!

パパは規格外の自由人、ママは自由すぎる夫を経済面でもどっしり支え、お姉ちゃんは福士加代子に似てチャーミング。こんな素敵な一家のファンにならないなんて、損しちゃうよなあ。
東京五輪で金メダルだとか、「日本人らしい仕草で……」とか、どうでもいい、というか、偏狭さを露呈しているだけで恥ずかしいぞ。



↑エントロピー環境論を子どもから大人まで伝えたいという気持ちで書いた、これは私の「遺言」です。



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