たくき よしみつ 『ちゃんと見てるよ』

 
(週刊テレビライフ連載 過去のコラムデータベース)

02年1月〜最終回まで



食い足りない報道は欲求不満のもと


 賀っ春。21世紀最初の年は、とんでもない年でしたが、今年はどうなんでしょうね。
 さて、年頭からぼやきます。
 最近のニュース番組の「特集」って、とても欲求不満。
 暴走族や街の暴力行為などを「怒りの告発」として特集する。でも、こんなひどいことが取り締まりもされず野放し状態です、という報告だけでは、見ているほうは暗くなる一方。なぜ警察はしっかり取り締まりできないのか、そこを突いてくださいよ。
 インチキ商品告発というのもあった。背が伸びる薬、歯が白くなる薬を買ってしまった人に取材するだけ。その偽薬が薬学的(化学的)にはどういう正体のものなのかという分析くらいはしてほしい。
 ほのぼのニュースとして、毎年クリスマスに派手なイルミネーションディスプレイを自作する家というのがあった。ドラえもんやピカチューが飾られているんだけれど、これって著作権は大丈夫なの?
 ピカチューのパロディ本を作って、コミケなどで売った女性が逮捕された事件があった。金を取らなければいいのか? そのへん、きちんと報道してくれないと、報道番組としては無責任なのでは?
 かつて、西武の松坂大輔投手が交通違反で謹慎になったとき、どこかの町で作った交通安全キャンペーン用の「松坂人形」が撤去されるという映像が流れた。あのときも思ったんだよね。松坂選手の肖像権はどうなってるのか?
 ニュース番組というのは、そこまできっちり詰めて初めて成立するのでは?
(01/12/12)

「世界平和」に役立つ!?この2番組


 昨年末、皇室のルーツについて、天皇ご自身が、朝鮮半島との関係を示唆する発言をされて話題になった。
 日本人のルーツについては、今まで諸説出てきているが、『NHKスペシャル 日本人はるかな旅』は、ある面では画期的な番組だった。
 この番組は、複数の人種が日本列島に住み着き、混血を繰り返して現日本人となったという定説を明確に肯定するところから始まっている。ある意味では、皇国史観や日本人単一民族論とは相容れない内容だが、21世紀になり、メディアがようやく日本の古代史や日本人論を冷静に扱えるようになった兆しだろうか。
 同じNHKで『二人は最高!ダーマ&グレッグ』というアメリカのドラマを放送している。ファンの人には説明不要だが、ブルジョワジーの権化のような企業家の長男として育った若手弁護士(グレッグ)と、ヒッピー夫婦に反権力や自然保護精神をみっちり教育された女性(ダーマ)が結婚して繰り広げるコメディだ。
 ヒッピー夫婦(ダーマの両親)が、グレッグ(義理の息子)に、自分たちのセックスを撮影するからビデオカメラを貸してくれと頼みに来たりするハチャメチャぶりもさることながら、対立する価値観の中で育った子供同士が、親も含めて仲よくやっていくという構図に救いがある。昨年の大規模テロ事件以降、「アメリカ的」なものがやたらと薄っぺらに見えるけれど、このドラマには、問題解決のヒントが隠されているような気もする……なんて大袈裟?
(01/12/25)

「脳の大食い」を競うことの虚しさ


 今年の正月3日の夜、なんと、テレビ東京、TBS、日テレの3局で「大食い軍団」が横並びに出演していた。大食いというジャンルを開拓し、大食いスターたちを発掘してきたのはテレビ東京だろう。それを、TBSなど、予算が桁違いにある他局が引き抜いたため、大食いスターたちは完全にプロ化してしまった。
「大食い」人気に気をよくしてか、TBSは今度は『ブレイン・サバイバー』という記憶力を競う番組もぶちあげた。クイズとは違い、知識や教養は関係ない。ただひたすら記憶力だけを競うという趣向だ。
 これを見ていて、言いようのない虚しさを感じたのは、多分、僕だけではないだろう。
 例えば、決勝戦は、日本の温泉名を千個ひたすら覚えるというものだった。その温泉がどこにあって、効能や特色はどうということはまったく関係ない。だったら、温泉でなく、無作為に抽出した町名千個でも、意味のない文字列千個でもいいわけだ。
 選手たちは、行ったこともない温泉の名前をただひたすら覚え、文字列としての記憶だけを読み上げていく。この光景、本当の「温泉通」にはどう映るだろう。自分たちの温泉への愛が侮辱されていると感じなかっただろうか。
『テレビチャンピオン』には、根底に出演者たちの馬鹿らしいほどの愛やこだわりがある。それが視聴者の心をとらえるのだが、『ブレイン・サバイバー』や『フードバトラー』にはそれが希薄だ。ショーアップすればするほど、何か殺伐としたものが残るんだなあ。
(02/01/15)

人類月面着陸は嘘だった!? の謎 の謎


『不思議どっとテレビ。これマジ!?』(テレビ朝日系)で、2回にわたって「人類は月面に降り立っていないのではないか?」というアメリカの告発番組を紹介していた。
 どうせ与太話だろうと思って見ていたのだが、内容は極めて真面目で、説得力がある。
 空気のないはずの月面で星条旗が風になびいている。太陽光以外ないはずの月面で、違う方向に伸びる影がある。当時の技術で人間が月に無事到達できる可能性は限りなく低かったと科学者が証言している。月面着陸に関与した宇宙飛行士やその家族は、その後ことごとく不遇の死、謎の死を迎えている……などなど。
 この元番組の主張は、月面着陸の映像は、米軍秘密基地で撮影されたもので、人類は未だかつて月には降り立っていないというものだ。アポロ計画とは、映画『カプリコン1』(あれは火星探査機だったけれど)同様の一大ヤラセショーだったのか?
 33年前に「ヤラセ説」が出たら一笑に付しただろうが、今は「やりかねないかもなぁ」と思ってしまう。なにせ、滅茶苦茶な論理でアフガンに爆弾の雨を降らせる国だもの。
 しかし、何より不思議なのは、テレビ朝日がこの元番組をしっかりそのまま流さないということだ。ダイエット実験などのしょーもない小ネタと一緒にするのはなぜ?
 それにしても、爆笑問題の太田光の「この告発番組関係者が不審な死に方をしたら、即、放送中止しましょう」というコメントは、究極のブラックジョークだった。
(02/01/29)

ソルトレーク五輪の審判を採点する


 オリンピックのたびに思うのは、審判が絡む競技では、公正ということは永遠に望めないのだろうかということだ。
 シドニー五輪、柔道100kg超級決勝の篠原信一選手「悔し涙の銀メダル」は記憶に新しいが、今回のソルトレーク五輪でも、あそこまで露骨ではないにしろ、疑惑の判定、採点がたくさんあった。
 スピードスケート500m。1位のフィッツランドルフ選手(米)と2位の清水宏保選手の合計タイム差はわずかに100分の3秒。こうなると、初日のフィッツランドルフ選手の「フライング疑惑」が大きく問題になってくる。ピストルが鳴った瞬間には、はっきりと腕が大きく動いていたように見えた。他の選手にはやりすぎと思えるくらい厳しくフライングを取っていたのに、なぜ彼だけ見逃されたのか? まあ、この程度の「ホーム・デシジョン」をはねのけるくらいの勝ちっぷりじゃなければ真の王者とは言えないのだろうけれどね。いや、清水選手はよくやった。
 女子モーグル決勝や、男子スノーボードハーフパイプでも、??と思う審判がたくさんあった。審判別の採点表を印刷してじっくり研究してみたけれど、やはり自国選手へのひいきが歴然。女子モーグルではカナダの審判が、4位になったジェニファー・ヘイル選手(カナダ)のエアー点を、もうひとりの審判より0・59も高くつけた。これがなければ、上村愛子選手の順位と入れ替わっていただろう。
 スポーツの世界くらい、すっきりと楽しみたいのにね。
(02/02/13)

「審判込みで勝負」はもはや常識か?


 オリンピックのたびに思うのは、審判が絡む競技では、公正ということは永遠に望めないのだろうかということだ。
 シドニー五輪、柔道100kg超級決勝の篠原信一選手「悔し涙の銀メダル」は記憶に新しいが、今回のソルトレーク五輪では、連日、審判疑惑が出ない日がない。
 女子モーグルの採点疑惑は序の口で、スピードスケート500m、1位のフィッツランドルフ選手(米)の「フライング疑惑」。男子スノーボードハーフパイプ中井孝治選手へのフランス審判の異常な低評価。フィギュアスケート・ペアでは、ついにフランス人審判が「ロシアペアに金メダルを与えるようにと圧力を受けていた」と告白し、追放される騒ぎにまでなった。その結果、なんと2位だったカナダペアにも金メダル授与という五輪史上初の不透明決着。
 その騒ぎが収まらぬ内に、男子ショートトラック1000メートル準決勝での寺尾選手失格事件。後ろから追っていた選手が接触もしていないのに前の選手の転倒の原因を作れるなら、念力でも送ったってか?
 やりきれないのは、こうしたお粗末で低次元なごたごたに、毅然として立ち向かおうという姿勢が、メディアにも、一般の人々にも希薄なことだ。どこかに「あきらめ」ムードが漂っている気がする。
 しょうがないよ、政治の世界だって企業の中だってこうなんだから……と思いながらスポーツを観戦するなんて、冗談じゃない。ちゃんとやろうよ、ほんとにさぁ。
(02/02/18 13日入稿の分の差し替え原稿)

悪役キャラクターの本当の危険性


 テレビメディアには、「悪役の安全牌」というのがある。この人を攻撃していれば大丈夫というキャラクターだ。
 野村佐千代、安部英、森喜朗、松尾克俊……(すべて敬称略)。今は断然、鈴木宗男代議士だろう。
 でも、批判の対象が個人だと、忘れられるのも早い。悪役が悪役としての新鮮さを失って消えていくと同時に、問題の本質はなんだったのかも忘れられてしまう。これが怖いなあと思う。
 税金を泥棒して競走馬を買い、愛人の名前をつけていた松尾元要人外国訪問支援室長はその後どうなったのか? 結局、機密費疑惑は田中前外相も切り込めないまま闇の中だ。鈴木宗男代議士が新しい悪役として登場したからといって、テレビ番組がリニューアルするように、過去のものになってしまっては困る。
 糾弾すべきは個人の罪ではなく、個人の罪を生み出すシステムの欠陥だ。なぜ外務省官僚は簡単に大金を横領できたのか? なぜ一国会議員が官僚を私物化できたのか? 
 権力を握った人間が悪事を働くのは今に始まったことではない。人間とはそういうものなのだと認識した上で、そうさせないシステムを作ることを考えていかなければ。
 しかし、テレビは今日も「真紀子vs小泉」とか「宗男vs真紀子」などという構図を作り上げ、問題を矮小化している。もういい加減にそうした子供っぽい演出はやめようよ。日本は相当まずいところにきている。これ以上国が幼児化すると、ほんとに危ない。
(02/02/26)

創刊から20年・編集長より古参

(200回記念 特別枠)

 テレビライフが20周年だそうで、おめでとうございます。ということは、僕もテレビライフに書き続けて20年ということだよね。なにせ創刊号から参加しているから。
 最初はアンカーマン(原稿の最終執筆者)として呼ばれたの。26歳のときにビクターからレコードデビューして、ファーストアルバムを録音中に、デュオの相方と決裂し、せっかく掴んだ人生最大のチャンスを失ってしまった。そういう失意のどん底だったとき、とりあえず金がいるだろうと、学研の芸能誌担当だった編集者から声をかけられたのね。
 あの頃は編集部が市ヶ谷の雑居ビルの中にあって、みんな夜明けまで仕事してた。若いスタッフは家に帰れず編集部で寝てたよ。女性編集者が同僚の男性編集者のアパートに風呂を借りに行って、そのまま結婚しちゃったり、壮絶だった(笑)。
 その後、タレントさんの取材の仕事も回ってきた。最初は断っていたのね。まだ自分でも音楽を続けていたし、素直になれなかった。
 取材対象は大御所級が多かったな。「年輩の大物はたくちゃんに任せろ」みたいな感じで。年上専科(笑)。
 三波春夫さんの取材をしたときは、翌日自宅に電話がかかってきた。「息子の豊和と同い年だと聞いて、なんだか他人だと思えなくて」って。まめなかたなんだなあと、驚いた。
 笠智衆さんも印象的だった。駅の改札口で待っていて「本当は自宅にお招きしたいんですけど、女房が具合悪くて、すみません」なんて謝られてしまって……。ご自宅周辺を案内付きで一緒に散歩しました。
 中村伸郎、浜村純、花沢徳衛、殿山泰司といった蒼々たる役者さんが一堂に会した席での取材は、特に印象に残ってる。あろうことか「死ぬのは怖くないですか?」って訊いたんだよね。そしたら、四人とも腹をたてるでも不機嫌になるでもなく「死が怖いのは、あなたがまだ若いからですよ」って。まさに自然体。あの取材は僕の財産になりましたね。
 今はみなさんお亡くなりになった。そう言う僕ももうすぐ50代ですから、あの頃よりはものが分かるようになったつもり。え? コラムがリニューアルするの? じゃあ、今度はもっと自由に書いていきたいな。
★というわけで、新装開店のコラムも、末永くよろしくお願いします。


PROFILE

たくきよしみつ 1955年福島市生まれ。25歳でビクターからレコードデビュー。作詞・作曲・歌手などとして活動するかたわら小説も執筆。『黒い林檎』(河出書房新社)、『マリアの父親』(集英社)他。デジタル世界にも精通し、『デジタルストレス』(地人書館)、『ワードを捨ててエディタを使おう』(SCC)など、電脳関連の著作も多い。ギターデュオKAMUNA(http://kamuna.com)などで音楽活動も。趣味は狛犬研究。http://takuki.com

なんだかんだで最終回である


 パソコンの中に残っているこのコラムの最初の原稿を見たら、94年3月となっていた。丸8年続いたのかぁ(感慨)。
 しかもそのファイルは、テキストファイルではなく、一太郎バージョン5形式だった!
『ワードを捨ててエディタを使おう』とか『テキストファイルとは何か?』なんていう本まで書いている僕が、あの頃はテキストファイルで書いていなかったのね。不覚だ。
 話変わって、先日、関西テレビの『痛快!エブリデイ』という番組から電話がかかってきた。僕がやっている狛犬ネット(http://komainu.net)にある「日本一唇の厚い狛犬」を取材したいので、正確な場所を教えてほしいという。なんでも「対決コーナー」というのがあって、面白いネタ同士が対決するらしいのだ。
「クチビル狛犬と対決する相手はなんですか?」と訊いたら、広島にある「オッパイ山」だとか。オッパイ山なんて全国あちこちにあるでしょが。こりゃぁ、我がクチビル狛犬の楽勝だね。しかし、問題はちゃんと取材できるかどうか。
 大分県国東半島の富貴寺付近で撮影したというメモが残っているが、10年近く前のことなので記憶が曖昧。取材に行くと言っていたけれど、ちゃんと見つけられたかなあ。見つからないと不戦敗だわ。
 そんなわけで(どんなわけで?)、このコラムもテレビ番組の枠を飛び出し、ワープロソフトからインターネット上の狛犬まで、「デジタル」をキーワードになんでも取り上げてやろうという趣向でリニューアル。新装開店を待て!


あとがき

というわけで、週刊テレビライフ誌で200回以上続いたコラム『ちゃんと見てるよ』はここで終わった。
番組批評から離れてもっと自由に書けるように、とのことで、この後『鐸木能光のデジタル鑑定所 ポイントはここかな?』というのが始まるのだが、皮肉なことに、この新タイトルにある「デジタル」という言葉に編集部がこだわってしまい、むしろ今までよりも内容は限られてしまうような雰囲気が生まれてしまった。
もともと、若い女性向けのアイドル雑誌に、ひとりで真面目なことを書いていたこのコラム、テレビライフという雑誌の中では浮いた存在ではあったのだが、どうやらそろそろ消えゆく運命らしい。

今後は、このWEBを通して『新・ちゃんと見てるよ』シリーズでも、自由に書いていこうかなとも思う。 (2002年10月22日記)
このコラムシリーズは、編集部から「あまりに長く続いたので、このへんで一旦終わらせ、新しい企画で書いてもらいたい」という要請があり、ここで一旦終了となる。
あまり気乗りがしなかったが、『デジタル鑑定所』という新シリーズが始まることになった。

     
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