阿武隈日記 06/08/18の7

寅吉の珍品灯籠発見!(7)


PENTAX K100D
DateTime - 2006:08:18 17:53:06
1/10秒、F1.4、30mm(45mm)、ISO 200
いやはや、もう大変。夕暮れで逆光。肉眼でも全然見えない。黒い塊が目の前にあるだけ。
今回は暗いのを見越して、ニコンのD70にF1.4の50mmを、ペンタックスのK100DにシグマのF1.4/30mmをつけて2台体制で臨んだのだが、まずAF補助光のないK100Dはまったくダメ。マニュアルに切り替えてピントを合わせようとしても、肉眼でもまっ暗で見えないほどなので、ファインダーを覗いても、真っ黒いシルエットがぼーっと見えるだけで全然ピントが分からない。しょうがないから、少しずつピントリングを変えながら何枚も撮る。

F1.4 1/8秒
阿像はすばらしい飛翔獅子。どういうわけか作者名がない。寅吉工房で刻まれたものに間違いはないと思うのだが……。
AFもダメだし、絞り優先モードもまともな測光ができないので、シャッター速度優先モードにして、手ぶれぎりぎりのシャッター速度にして、何枚も撮る。そうしている間にもシャッターを押す指先に蚊がとまり、首や額も蚊の攻撃で痒いのなんの。こういうのを物好きというのだろうなあ。普通の人が見たら「頭おかしい人がいる」と思われるに違いない。
肉眼でもろくに見えない暗がりで、真っ黒なシルエットにしか見えない狛犬相手に、フラッシュをたかずにカメラのシャッターをバシャバシャきっているおっさん。う~~ん。

これが和平の孫(養子の息子)・登が、和平に教えられながら彫ったという狛犬。先代狛犬の吽像が落ちて壊れたため、吽だけの再建。
これが壊れたほうの「半」先代吽像。破棄されることなく、こうしてちゃんと隣に置かれている。


この構図の写真を撮りたかったのだ。最初に来たときは、この構図での写真がうまく撮れなかった。後から気がついて、撮っておかなかったことをとても後悔した。
今回も暗すぎて無理だと思ったが、ボケボケながら、なんとかこの程度に写っているものがあったので、補修しまくって見られるようにした。
先代狛犬の作風を見習いながら、なおかつ師匠の和平の指導を仰ぎながら、若き石工・登が一生懸命彫ったことが忍ばれる。
その登の狛犬の隣りに付き添うように壊れた先代狛犬が、きちんと台座付きで置かれている。おそらく和平の指示でこういう処置をしたのだろう。
和平は孫のデビュー作?を、この先代狛犬にずっと見守っていてほしかったのではないだろうか。

先代狛犬は明治41(1908)年に建立されている。この年、和平は26歳。妻のナカとの結婚を許された年だ。その直前には、長男を失っている。
このとき師匠の寅吉は65歳。絶頂期は過ぎ、息子の布行や一番弟子和平に徐々に仕事を任せていったはず。この前の年、明治40年には、白河市向寺 聯芳寺墓地 鈴木寛治の墓を建立しているが、「彫刻師小松布孝 同布行」と彫られている。
この狛犬に石工名が刻まれていないということは、寅吉工房で造られたものの、親方・寅吉や息子の布行の手はあまり入っていないということではないか? 後の和平狛犬の作風とはだいぶ違う。非常に端正な彫り方をしている。一番弟子和平以外に、相当な腕を持つ弟子がいたのか?
もしくは、一部、あるいは大半は和平の手によって彫られたのかもしれない。独立前だったので、まだ名前を彫ることを許されていなかったのか、あるいは結婚を許されないまま長男を失ったことに対する失意や、親方への反発から、意地でも名前を彫らなかったのか……。
寅吉が川原田の天満宮に飛び獅子を建立したのは明治25年、鹿嶋神社にねぶた絵を思わせるものすごい飛び獅子を建立したのが明治26年。この飛び獅子は明らかにそれらを手本にしているが、彫りや作風が寅吉とは違う。寅吉のような荒々しさがなく、非常に端正、ていねいに彫られている。
寅吉工房で誰か、あるいは合作によって師匠の飛び獅子を模範にして彫られたものであることは、ほぼ間違いないと思う。となると、やはりその中心にいたのは和平なのか?
想像するしかないが、和平にとって、この狛犬はとても思い入れのある狛犬だったのではないだろうか。
この神社の参道入り口には、和平が作った石灯籠一対があるが、大正12(1923)年9月の建立で、和平はすでにこのとき42歳になっている。それ以前に、和平の名が刻まれた作品は見あたらない。わずかに、沢井の八幡神社裏手に置かれた小さな石の社があるが、これは親方に内緒で、こっそり自分の名を刻んだものかもしれない。
もし、26歳の和平が、寅吉工房で修業の最後の課題のようにしてこの狛犬を彫っていたとしたら、独立後、実にその後15年以上、自分の名前を刻んだ作品を作っていないことになる。これも不思議なことだ。
裏側からだとなんとかこの程度には写る。ほんの少しでも光が当たっているから。
ちなみに、ストロボをたくとどういうことになるか↓
こうなってしまうのである。これはかなり補正しているが、正面からフラッシュをあてると、石の陰影が全部飛んでしまい、彫りが分からなくなる。どんなに暗くても狛犬はフラッシュ撮影できないのだ。
こういう場所では、とにかく明るいレンズに頼るしかない。F1.4のレンズだからこそなんとか撮れたのであり、F2.8でもまったく役に立たないのである。
■Data:八幡神社(福島県矢吹町中畑字根宿)
ο建立年・明治41(1908)年旧8月。ο石工・不明(寅吉工房によるものであることは確か)
ο建立年・昭和38(1963)年12月。ο石工・小林登(吽像のみ再建)。
ο撮影年月日・06年8月18日。

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