今回いちばん悩んだのは、車のタイヤをどうするかだった。スタッドレスを履いたままなのだが、このまま長期間ここに戻れないとなると、スタッドレスのまま春になり夏になる。できることならノーマルタイヤに交換してからここを離れたいと思ったのだが、雪が降り、積もり始めている。ノーマルタイヤに履き替えたら、雪の積もった鬼ヶ城の峠でスリップして帰れなくなる恐れもある。
それに、タイヤ交換は重労働なので、放射性物質を不必要に吸い込むのも怖い。這いつくばったり息を切らしたりしながら、泥のついたタイヤを扱うのだから。タイヤには放射性物質が付着しており、地面には放射能を帯びた雪が積もり、ぐちゃぐちゃになっている。こんな環境で汚れ仕事はしたくない。
一度、二度、三度考えて、やはりやめようと思ったのだが、最後、何度目かに考え直して、えいやっとやることにした。
この程度のこともできないようなら、これから先が思いやられる。大丈夫なのだと言いきかせるためにも。
我ながらバカかなあと思う。
やりながら、放射性物質だらけの事故現場で、今、作業をしている人たちの恐怖を、改めて思い知った。
こんなに放射線量が低い場所でさえ、雪が降る中、外にいるだけで怖いのだ。テレビで、雪がちらつく屋外で濡れながらインタビューを受けている避難者の映像などを見ているときは、「テレビカメラになんかつき合わず、早く屋内に引っ込んでじっとしていなさいよ」と思うのに、人間、いざ、目の前に作業目標があると、やってしまうものなのだな。
マスクをしても、眼鏡が曇って何も見えなくなるので結局はマスクを外すしかない。
原発労働者もみんなそうだという。ゴーグルをしていると曇って何もできないから外してしまうのだと。
衣服に雪や泥をつけるといけないと分かっていても、実際には這いつくばったり、濡れるのもかまわずに外で動いたりしなければならない場面があれば、そうしてしまう。
僕のタイヤ交換はバカだと思うが、原発の現場では国の命運がかかった作業なのだから、必死になるあまりに長靴を履かず、溜まった水がくるぶしに入ってくるくらいのことはいくらでも起きるだろう。それを不注意だとか準備が甘いなどと責めることはできないなと、ホイールボルトを外したり締めたりしながら思った。
そうこうするうちに雪が通り過ぎ、晴れ間が出てきた。
積もり始めていた雪も見る見る溶けていく。ほっとする。
家を後にする前、改めて池などを確認。
沢水パイプからは勢いよく水が出ていた。このままだとマツモ池にしか入らないので、分岐ホースをつないで従来通り、雨池側にも行くようにしたが、これって、数日で詰まってしまうんだよなあ。
春になったら根本的な改良をしようと思っていた矢先だけに、放射性物質汚染が憎い。
嫌なのは、池に近づくとガイガーカウンターがピピピっと鳴ることだ。水の中に放射性物質が溶け込んでいるという意味だろう。雪の表面に近づけても鳴る。
家の外は概ね高くて2マイクロシーベルト。家の中は1マイクロシーベルト前後。恐れる線量ではない。
福島市は、15日の2号機、4号機の爆発直後の夕方、市内の放射線量の数字がそれまでの1.75マイクロシーベルトから一気に20.26マイクロシーベルトにまで急上昇した。原発事故前までは0.04マイクロシーベルト前後だったそうだから、大変な数値だ。その後もずっと高い値で、
最新版では、3月28日0時で3.79マイクロシーベルト(県北保健福祉事務所東側駐車場での測定値)。つまり、この駐車場でタイヤ交換作業をするよりは、我が家の倉庫の中でやるほうがずっとマシな環境だったわけだ。
ちなみに、郡山合同庁舎入り口での計測も3.06マイクロシーベルトあり、これは川内村の我が家周辺で記録した最高値よりずっと高い数値。皮肉なことだが、川内村村民が避難している郡山市より、村の中のほうがずっと放射線量は低い可能性がある。
要するに、ここ川内村での放射線量は全然大したことはない。塵を吸い込むのは嫌だが、多少吸い込んでも、まあ、問題が出るような量ではないだろう。ここ2週間でいっぱい勉強させられたので、今は冷静にそう判断できる。
しかし、こういう情報や理解は、ネットが使えるから得られる。自分に「大丈夫だ」と言いきかせられる。冷静になるためにも、村の通信が完全に遮断されている状態は一刻も早くなんとかしてもらわないといけないのだが、NTTは怖がって修理作業をしないのだという。
なんという意識の低さ。通信インフラは命をつないでいる。それを守るのが自分たちの仕事だという使命感が欠如しているとしか思えない。
過疎の村では、近所の人の家に行くにも車やバイクが必要。村に残っている人たちは、誰が残っているのかも分からない。5軒となりの○○さんは残っているかもしれないのに、ガソリンがないのでそこに行けない。
ビッグパレットに機能を移転させた村役場では、必死にリストを作成してネット上に公開しているが、それをいちばん必要としている村の人たちは、ネットが不通なので見られない。電話も使えないから、かたっぱしから近所に電話しまくって、誰が残っていて誰が避難したのかも確認できない。結果、村に残った人たち同士で連絡も取り合えず、ますます孤立する。どうしようもない。
確実に言えることは、川内村に限らず、原発周辺の地域では、放射性物質汚染で死ぬ住民はいなくても、物資が届かなかったり、インフラが回復しなかったり、ストレスの増大で疲弊したりということが積み重なって死ぬ人がいっぱいいるということだ。いちばん弱い人たちから順番に被害を被る。現実に、入院患者や老人たちは、原発事故の後に死んでいるのだ。