2011/03/03

京都大学、立教、同志社、早稲田の試験会場からケータイでYahoo!知恵袋に問題の解法を問い合わせた強者の話より大切なニュースがあるだろうに

先月末から、ニュースのトップはずっと「試験のカンニング」である。
テレビに緊急速報テロップまで出る騒ぎ。
使われたのはDoCoMoのケータイ⇒ケータイの契約者は東北地方在住⇒ケータイの契約者は山形県の女性で息子が京大を受験⇒息子が行方不明で捜索中⇒仙台市内で身柄を「確保」⇒偽計業務妨害で逮捕⇒京都に移送……
逐一飛び込んでくる速報。日本が戦争でも始めたのかという騒ぎ。
確かに面白い。みんなの興味は「どうやったらそんなことができるんだ?」から始まる。
「まさか単独犯ってわけじゃないだろう」
「中国では眼鏡に隠しカメラを仕込んだカンニングセットが売られている」(テレビ番組では商品まで紹介)
「そもそも中国では試験問題が事前にネットで売り出されている」
「使ったのはスマートフォンだな」
「動画機能だろ。静止画じゃかえって難しい」
「Wi-Fiで電波飛ばして、……いや、Bluetoothかな」
「だったらなんでケータイでネットにアクセスするんだ? 共犯者の待機場所としてはネットカフェとか使うだろ普通は。ケータイでアクセスしたら一発でばれるじゃん」
「母親のケータイ? 共犯者は母親かよ!」
「早稲田は受かっていたらしい。バカだね。これで合格取り消しじゃないか」
…………。

ネット上では報道後もずっとaicezukiの投稿内容や回答者のプロフィールまで閲覧可能になっている

いやはや、ほんとにこんなに盛りあがったのは久しぶりではないか。
産経新聞は、3月2日13時55分に「都内2高校生が関与 1人は外で中継 京都府警ほぼ特定」と、完全に間違った記事を出して、これを書いている4日13時半現在もなお削除していない。
テレビのニュースで「aicezuki」というYahoo!のIDを出してしまったので(メディアも含めて誤解している人が多いが、これはいわゆる「ハンドルネーム」とかではなくて、れっきとした「ID」だ)誰もが検索して、その投稿された質問と寄せられた回答を閲覧できる状態になった。
これも、今なお(3月4日13時42分現在)削除されていない
リストの最初に出てくる(最後に投稿された)質問の閲覧数は40万7000あまりで、一昨日から10万しか増えていないのが意外といえば意外。
1月5日16時55分に、「次の文を英訳してください。満員電車で足をふまれる〜」という書き込みをした後、1月16日には「睡眠薬で自殺をする人が多いですが、市販の薬でいいんですか? 例えば風邪薬みたいなものでも量が多ければ死ねるのでしょうか?」。翌々日の18日には「宮城県仙台市でいい精神科・心療内科を教えてください」と書き込んでいる。
テレビに出ずっぱりだった「51歳会社員」という回答者のプロフィールには「職業:OL」と記されていた。その他、寄せられた回答は程度の低い間違いも多かった

僕は一時、このaicezukiは若い女性ではないかと思った。(ちなみに上の画像左端は、「回答者」の一人としてテレビにも出てきた50代男性会社員のもので、aicezukiのものではない)
ところが逮捕(するかね、普通カンニングで)されたのは19歳の少年だった。
山形県北部の雪深い地域で、進学率のよい県立高校を去年卒業して、現在は仙台市の河合塾に通い、河合塾の食事付き寮で暮らしている。一昨年、父親が亡くなり、実家には祖父母と母親の3人が暮らしているそうだ。
親の負担を減らすためになんとかして国立大学に入りたかったらしい。
逮捕された時点で、すでに早稲田ともう一校の私立大学には合格していた。同じ河合塾仙台校に通う生徒の話では、国語の成績が頭抜けてよかったという(その点には大いに期待が持てそうだ)。

驚いたのは、なんと「まさかの単独犯」で、スマートフォンなどではなく「普通のケータイ」で試験会場からきっちり文字入力して投稿し、回答も読んでいたらしいということだ。
カメラで写してケータイのOCR機能でテキスト化したという見方もあったが、それはないだろう。数学などは不等式記号や分数の部分がOCRではまともに変換されないし。
オリジナルの問題では漢字表記だった部分が、書き込みされた問題文ではひらがなになっているなど、いちいち文字を打ち込んだからこその違いも見られたという。
本当に「普通に入力していた」なら、怖ろしいテクニックだ。この技術だけでテレビに出られる。太鼓の達人とかファミコン時代の高橋名人とかの比ではない。ネット上には「早稲田は、この『一芸』を評価して入学させたらいい」という書き込みもあって、なるほどなあと、思わず頷いてしまったほどだ。

コラムニストや大学教授らも、彼には思いっきり振り回された。
東京大学大学院情報学環助教授の伊東 乾(けん)氏は、日経ビジネスオンラインのコラム「常識の源流探訪」(2011年3月3日付)の中で、「何より最初に言いたいのは『京大の試験官はろくろく監督しないから、カンニングし放題』というようなデマの否定です。(中略)国立大学の一スタッフとして断言します。京大の入試監督がいい加減、などと言うことは、まず考えられません」と書いているが、監督がいい加減かどうかはともかく、実際に試験会場の受験生が手にしたケータイから数学の全問をネット上に書き込んでいたのだ。
今回のこのニュースの焦点、というか僕を含めてほとんどの日本国民の興味は、「試験場でそんなことができるのか?」であって、事件の背景にある社会の病理だの学歴社会の弊害だのというへりくつや正義感ぶったお題目を聞きたいわけじゃない。
コラムニストの小田嶋 隆氏は、『不正入試とエントリーシートと「orz」な若者たち』と題したコラムで、「犯罪は、社会的ストレスの露頭であり、その意味で、目新しいタイプの犯罪の発生は、われわれの社会に新たな矛盾が生まれつつあることを告げるカナリヤの歌なのだ」と、この浪人生が置かれたストレスフルな社会状況に問題があると喚起している。
小田嶋氏はこのコラムの最後を、「受験生がカンニングをし、就活生がバスを横転させ、期間工がトラックで歩行者天国に突入する……というふうに、逸脱の様相が、年齢を経る毎に凶暴になっている。不気味だ。菅首相あたりが、突然核武装を宣言したりしないか、心配だ」と結んでいるが、実際、それに近いことが起きている。
ニュース報道が、トップでこの「素朴で単純すぎる」カンニング事件を騒ぎ立てている2月末から3月はじめに何が起きていたか。
例えば、菅直人が議長を務める政府の行政刷新会議が、3月6〜7日にかけて行う「規制仕分け」の対象となる12項目が1日に判明したというニュースを、各マスメディアがささやかにとりあげた。
「医薬品のインターネット販売など規制緩和を目指す項目だけでなく、マンション投資への悪質な勧誘など、消費者トラブル防止のための規制強化を目指す項目も盛り込まれている」などと報じられたが、その12項目をきちんと全部伝えた記事やニュースはほんのわずかだった。
12項目は、

(1)一般用医薬品のインターネット等販売規制

(2)訪問看護ステーションの開業要件

(3)医薬品および医療機器審査手続き

(4)マンション投資への悪質な勧誘

(5)貴金属等の自宅への訪問買い取り

(6)パーソナル・サポート・サービス推進上の諸課題

(7)我が国酪農の競争力強化のための見直し

(8)認定農業者制度

(9)農業用施設用地の大規模野菜生産施設等建築による農地転用基準

(10)電気自動車の急速充電器の設置に係る電力契約の規制

(11)リチウムイオン電池の取扱規制

(12)再生可能エネルギーの導入に関する規制(国有林・保安林)

……だそうである。
この最後にしらっと滑り込ませた項目に注目してほしい。
「再生可能エネルギーの導入に関する規制(国有林・保安林)」
言い換えれば、今まで水源涵養保安林や国立公園、国定公園などとして守ってきた特別な森林を、大型風力発電施設の建設地として伐採してもいいことにしよう、という提案なのだ。
菅首相が「平成の開国」とぶちあげるTPPへの参加宣言といい、鳩山元首相の「2020年までにCO2を(1990年比で)25%削減することを目指す」という国連から全世界に向けてのバカ演説といい、このままでは日本は確実に滅んでしまう。
滝根小白井ウィンドファーム ブレードの先まで100m以上ある200kwウィンドタービンが13基、山の稜線に並んでいる
ニュース番組のアホバカ化のために、19歳の浪人生がやった単純すぎるカンニングがうまく利用されてしまったとしたら困ったものだ。そうならないためにも、この事件は早く報道から切り離して、娯楽番組の一環に組み入れたほうがいい。
そのほうが、カンニングをやった少年も、自分が必死になって参加しようとしていた社会というのは、こんなにもおバカなものだったのかと気がつき、広い視野を持てるようになるかもしれない。

追記:ネット上のページのキャプチャをぽんぽんのせるのはどうなのかと、常々自問していたが、今回のニュースで、大手マスメディアのサイトに「関連画像一覧」などとして、平気でキャプチャ画面が掲載されているのを見て、いちいち悩んでいるのがアホらしくなった。YouTubeに流出した「国家機密映像」でさえ、一斉にテレビに映し出されていたしねえ……。




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